第70話 仮の話
結局のところ、ジェイド・カラミティとの決闘でぶっ潰した旧学舎の件はこっぴどく叱られた。まあ、当然と言えば当然だね。あれだけ暴れておいてバレないはずもなかった。
────二度目の人生では初の説教か……。
既に学舎として使われておらず、生徒が俺たち以外誰もいなかったとは言え、流石に学院の建物を無断で潰すのは不味かった。老朽化が進み、いつ取り壊してもおかしくない建物だとは言え、たかが生徒の〈昇級決闘〉で壊れるほど建物は脆くなく、まだ使おうと思えば使える程度だった。それがいきなり壊れれば何事かと生徒や職員たちが集まって騒ぎ立てるのは当然の事であり、当事者である俺とカラミティ先輩は現行犯で職員たちにとっ捕まった。
────あれは中々に気まづかった。
理由も理由だ。言い逃れは流石に無理がある。
お互いにあんな塔の崩落程度で死ぬとは思っていなかったが、あれだけの啖呵を切っておいて即座に仲良く一緒に学院長室で叱られるとは思わなかった。元々、取り壊しが決まっていた建物、そして被害も特になかったとの事で今回の件に対してのお咎めは無し。
「これが〈昇級決闘〉が認められている期間で助かったな」
とはグイン・ブレイシクル学院長の言である。
この言葉からわかる通り、普通ならば重たい懲罰が課せられる事案であり、何もない状態であれば一体どんな罰が待ち受けていたことやら……本当に決闘期間中で助かった。
「暗っ」
そんなこんなでしっかりとお叱りを頂き、開放された頃にはもうすっかりと夜が蔓延っていた。流石にこの時間まで決闘をしている生徒は────まあ少なからずいるようだが、昼間に比べれば大人しいものである。
全く予定にない決闘と説教に心身ともに疲弊し、常時であれば俺の心は絶賛反省やら考えなしの行動を悔いている頃だろうが今回ばかりはそういった名残は微塵もなかった。……いや、今回の事は確かにやりすぎたと思っているし、反省もしているのだが、どこか清々しさまで覚える。
────そんなつもりは全くなかったんだけどな……。
学院に来て、こんなことを考えるとは思わなかった。俺には明確な目標があって、それを遂行するためにただ学院に通っているだけで、ここはただの通過点としか思っていなかったっていうのに……。
「はは……」
乾いた笑いが零れて、部屋に辿り着くとヴァイスが驚いたように出迎えてくれた。
「ただいま」
「お帰り……って、ど、どうしたのレイくん、その格好!?」
「あー……色々とあって〈派閥〉の生徒と闘ってきた」
「なんで!!?」
説明を聞いても俺のこの見るも無惨な姿に納得ができないようで勇者殿は大変驚いた様子である。
まあ彼の反応は至極当然である。自分で言うのもなんだが、今の俺はそうとうボロボロ、傷なんかは塞いでいるが返り血などで制服はドロドロだ。普通の昇級決闘では、どう転んでこうはならないだろう。逆にいったい、何をどうしたらこうなるのか気になった勇者殿は首を傾げて尋ねてきた。
「いったい誰と戦ったのさ……?」
「今年の〈最優五騎〉最有力候補の〈派閥〉、そこの頭目のジェイド・カラミティ先輩」
「じぇ、ジェイド・カラミティ!!?」
嫌に肌に張り付く制服を脱ぎ捨てながら答えると、ヴァイスは更に驚く。その反応から彼が先輩のことを知っているのは明らかで、正直、名前ぐらいしか詳しいことを知らない俺は尋ね返す。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も有名だよ!一般家庭出身で、だけど魔法の才能がものすごくあって〈天災雷光〉の二つ名はこの学院に通う生徒なら殆ど知ってるよ!!」
「そ、そうなのか……」
興奮した様子で語るヴァイスに俺は気圧されながらも頷く。確かに先輩はとても強かったし、〈派閥〉の王になるくらいなのだから有名なのは当たり前なのだが、一度目の記憶で覚えてないのが不思議だった。
────二度目の今回は自分のことで手一杯だったから情報収集を疎かにしていたし……。
やはり、一度目の記憶はもう宛にならない……と言うよりかは俺の記憶力が宛にならない。これからはもっと情報を小まめに集めて、もっと慎重になるべきだ。そう思い直っているとヴァイスは何やらそわそわした様子で言葉を続けた。
「そ、それで……勝負の結果はどうだったの? まさか!あの〈天災雷光〉にも勝ったの!?」
期待した眼差しを向ける勇者殿に申し訳なく思いながら、俺は頭を振った。
「残念ながら決闘は中断、勝負は付かなかった。屋上でやってたんだけど、途中で学舎棟ごとぶっ壊れたんだよ」
「ぶっ壊れた!!?」
「うん、だから無効試合だな。この決着は本戦でつけるさ」
今度は別の意味で驚くヴァイスの反応が面白くて思わず笑ってしまう。そんな俺を見て件の勇者殿は首を傾げた。
「────ということはどこの〈派閥〉に入るかは決まったの?」
「……いや、それはまだ。明日のうちに残り二つを回ってから考えるさ────」
一応、今ある〈派閥〉は全て見て回ってみるつもりだが、本音を言えばあまり乗り気ではなかった。正直に言えば、あの〈派閥〉と戦うのならば生半可な〈派閥〉では意味がない。それよりも────
「時にヴァイスくん」
「な、なに?」
「今の〈学院階級〉は?」
「えっと……今が【第五級】で、上手くいけばもう少しで【第四級】になれるかもしれないけど……?」
「ほう……」
ヴァイスの返答に俺は内心で驚く。
少し前までは同じクラスのリーダー格にビビっていた彼が今では上級生でも昇るのは難しい【第五級】まで実力を伸ばした。師匠としてこれほど嬉しい報せは無い。それと同時に、頭の片隅で思い描いていた計画が現実味を帯びてくる。
────やっぱり、そんな気なんてサラサラなかったんだけどなぁ……。
本当に今日の決闘で全て狂わされてしまった。俺の人生、予定通りに進んだ試しがない。それでも、今日の俺はどこか気分が良かった。
「仮に俺が新しく〈派閥〉を作るって言ったら、ヴァイスは入ってくれるか?」
「え?それって……」
「仮に、仮にもの話な?」
急な例え話に何かを察した勇者殿の反応に俺は更に予防線を張る。
けれどこれも殆ど意味の無いことだとわかっていた。
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