第67話 近況報告
痴女の巣窟から何とか逃げ出して翌日。
あんなトラウマ級の出来事があったにもかかわらず、無情にも学院はあるし、一度目で受けた記憶のある授業をもう一度受けなければならないというのは憂鬱であった。……いや、別に〈特進〉クラスは授業免除の制度があり、自由参加みたいなようなものなのだが、教師陣の心証を良いものにするためには真面目に授業を受けるのが手っ取り早いのである。
────平穏な学院生活を送る為には教師の心証もよくして置いて損はなしだ。
そんな打算的な理由で今日も教室に来たわけだが、本音を言えば昨日のトラウマがまだ脳裏に色濃く残っており、今日は本気で授業をサボってもいいような気がしてきていた。許すまじ、痴女集団……。
「はあ……」
「何よため息なんか吐いちゃって?」
いつもの席で本気でサボりをするか悩んでいるといつも通りフリージアが隣に座ってくる。小首を傾げた彼女を見て、俺は今までの彼女の印象を改める。
「フリージアってちょっと戦闘狂いなだけで、至って普通の女の子だったんだな。お前はあんな風にはなってくれるなよ。泣くぞ……特にアイバーン公が」
「いきなり何の話?意味わからないし、なんか失礼ね……」
「はは……悪い悪い」
ふくれっ面を作るフリージアに苦笑しつつも謝る。確かにあの痴女集団と比べることがもう失礼だ。そう思うと結構本気で申し訳なさが込み上げてくる。
「ほ、ほんとに悪い……流石にあんな奴らとフリージアを比べるのは不謹慎だった……」
「な、なんで急に真剣に謝るのよ。結局なんの話か分からないし……別に気にしてないからいいわよ」
俺が表情を曇らせているとフリージアは呆れたようにため息を吐く。そうして思い出したかのように彼女は得意げになった。
「そんなことより、聞いて驚きなさい!!」
「なんだよ?」
一転してお淑やかな胸を張って息巻くフリージアは首からぶら下げた
「昨日で〈
「おお、まだ決闘が始まって数日なのに速いな……いったい一日にどれだけ決闘したんだよ……」
素直に驚くがそれと同時に悍ましくもなる。いくら戦闘狂だからと言っても、この数日で【第八級】から【第六級】まで昇級するのは尋常ならざる速さだ。彼女のそのモチベーションの高さには恐れ入る。
大変嬉しそうに語る彼女の言葉通り、目の前に掲げられた護符の色が橙色に変色してた。彼女は彼女ですごく頑張ったと思うのだが────
「これであなたと同じ階級になったから勝負を────」
「あー……悪いフリージア。俺、もう【第六級】じゃないんだ」
「はぁあ!?どういうことよだって二日ぐらいまで全然階級が上がらないって……」
フリージアは〈昇級決闘〉が始まったばかりの俺の嘆きを覚えていたのか、まだ俺の階級が変わっていないと思っているようだが、申し訳ないがそれは間違いだ。ほぼ事故みたいな形で階級が上がってしまっている。
そんな俺の暴露に彼女は教室を震わせるほどの大声を上げた。その声に何事だとクラスメイトは注目するが彼女の知ったことではない。
「それじゃあ今レイは何級なのよ!?」
「よ、四……とか?」
「四……って一気に二つも飛び級してるじゃない!どういうことよ!?」
フリージアは相当を俺の言が信じられないのか尚も大声で問い詰めてくる。しかし、護符を見せれば階級なんてのは一目瞭然である。
「ほ、ほら、これ」
「本当に【第四級】じゃない……」
銀色に輝く護符を見てフリージアは俺の言っていることが妄言ではないと納得したらしい。今までの勢いから一転して項垂れた様子の彼女に俺は何と声をかけるべきだろうか。
追いついたと思ったら全然見当違いだった……と言う話は一生懸命頑張ってきたフリージアからすれば相当メンタルに来る話だとは思うが、彼女がこんなに落ち込んだところを見るのは珍しいような気がする。
────そんなに焦らなくて彼女ならすぐ【第四級】ならなれるだろうに……。
何をそんなに焦っているのか、人には人のペースがあるのだから、俺なんて気にしなくてもいいだろうに。年頃の少女と言うのはそこら辺の感情の機微が難しい、しかも相手はあの戦闘狂なのだからますます難解だ。
なんて思考を巡らせて、酷く落ち込んだ様子珍しい彼女に気を取られていると背後からまた声を掛けられる。
「おはよう、レイ」
「あ、おはようございます殿下、グラビテル嬢」
反射的に振り返ればそこには少し久しぶりな気もするクロノス殿下といつも隣にいるグラビテル嬢だ。殿下は挨拶を終えると不思議そうにフリージアを見た。
「それで……グレイフロスト嬢は何をそんなに落ち込んでいるんだ?」
「えーっと……お互いの〈学院階級〉の話になって……」
「そういえば全然相手が捕まらないと言っていたな。でも一人……確か、レイル・ブレイシクルと戦ったのだろう」
どうやら殿下は俺が彼に勝ったことをしていたらしい。やはり王族ゆえか、そういった情報収集能力は高いのだろうか。
「あ、はい」
「それで見事に勝利して階級を上げたが……グレイフロスト嬢はそのことを知らなかったと」
「みたいです」
苦笑する殿下に俺も頬が引き攣る。やはり頭の回転と状況把握能力もすごい。こちらが多く語らずとも色々と察してくれるのはありがたかった。相変わらずの有能ぶりに感嘆していると殿下は言葉を続けた。
「それなら次は〈派閥〉決めか。どうだい、良いところはありそうかい?」
「うぐっ……まだ一つしか見に行けてないんですけど、その派閥はダメでしたね……」
殿下の言葉で昨日の悪夢が蘇る。やはり今日は授業をサボろう。途端に顔を青ざめさせる俺を見て殿下とグラビテル嬢は首を傾げる。
「??? まあ、君ぐらいになれば一から〈派閥〉を作ってもやっていけそうだがな……その時は是非、派閥に入れてくれ」
「あはは……ありがたいですけど、たぶんそれはないと思います」
「そうなのか?」
「はい────」
心底意外と言わんばかりに殿下は首を捻って、そこで会話は途切れる。
「おーし、朝礼始めるぞ~」
ヴォルト先生が朝礼の為に教室に来たからである。途端にクラスメイトは既に決まった席へと移動して姿勢を正していた。俺は先生の業務連絡を聞き流しながら、先ほどの殿下の言葉を思い出す。
『君ぐらいになれば一から〈派閥〉を作ってもやっていけそうだがな』
────それを言うならお前だって同じようなモノだろう。
「わざわざ俺の下になる必要もないだろうさ」
そもそも俺が〈派閥〉を一から作る理由が今のところなさすぎる。だからやはり俺は誰かの派閥に入って目的を果たす。それが最善策であった。
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