第68話 最有力候補
今日もなし崩し的に授業を受け、気が付けば放課後だ。
「死ねぇええ!!」
「お前が死ね!!」
「序でにお前も死ね!!」
今日もう学院内には至る所から剣戟やら雄叫びやらがこだましている。うーん、この場末感。こんな物騒な叫び声が聞こえてくると、自分が学院にいることを忘れてしまいそうだ。
〈昇級決闘〉が始まってそろそろ二週間が経過する。そろそろこの行事も佳境────最後のメインイベントに向けて盛り上がりを見せていた。殆どの生徒が一つの区切りである【第四級】になる為に必死だ。
これにならなければそもそも〈練魔剣成〉の推薦の道も途絶えるのだから当然と言えば当然なのだが……そんな殆どの生徒が身を削り必死になっている中であっさりと【第四級】になってしまい、〈派閥〉選びの段階まで来た俺は今日も上級生の学舎の方へと訪れていた。
────今日は絶対に二年の学舎には近づかない……。
昨日のトラウマから懲りずにまた魔境へと足を踏み入れようとしているわけだが、同じ轍は踏まない。今日は三年生の教室がある学舎に訪れていたので、あの痴女集団には出くわさない……はずだ。
「おい、あれ……」
「一年坊がこんなところに何の用だ?」
「いっちょ〆とくか?」
「や、やめとけ!護符の色見てみろ!【第六級】の俺達じゃ無理だ」
内心、ちょっとビクつきながら廊下を進んでいくと、やはりここでも奇異の視線を向けられる。下級生が滅多に訪れないと言うこともあるが、一年で〈派閥〉選びまで階級を上げている生徒がまだ俺ぐらいしかいないので、その所為で変な注目を集めているようだった。
────もう変に絡んでこなければなんでもいいや……。
【第六級】の時ならばいざ知らず、【第四級】ともなれば上級生と言えど相手が格上だと認めるしかないのか変なちょっかいは仕掛けてこない。
これが学院の残酷なところであり、それ故の平等なところだ。年齢や何年学院に在籍していたかなんてのは関係ない。強さ一つで、それが証明できてしまえば何でもありなのだ。
────強ければ大抵のことはまかり通ってしまう。
その割に、自分で言うのもなんだが俺の学院生活は上手くいかないことばかりだと思えるのだが……まあ今は置いておこう。
本日、俺が突撃訪問しようとしているところはそんな実力至上主義な学院で、今最も〈最優五騎〉になる可能性が高い〈派閥〉だ。その〈派閥〉は既にメンバーが集まっており、このまま来る〈昇級決闘〉の最後の選定に参加すると聞いたが、俺としてはまだ付け入るスキがあると考えている。
〈派閥〉が出来上がっている階級の生徒たちは待ちの状態で結構暇をしていてる状況で、前述した実力至上主義な校風によって最後の〈派閥〉による選定が始まるまではメンバーが入れ替わることなんてのは珍しくない。誰もが本気でこの学院最強の座を手にしようとするのだ、その確率を上げるためならばどんなことでもするのが当然とすら言えた。そんな背景もあって、俺にはまだ誰かを蹴落として既存の〈派閥〉に入ると言う選択肢が残されていた。
────心苦しいが致し方なしだ。
こちらも本を借りるために必死なのである。覚悟を定めながら廊下を進んでいく。途中、件の〈派閥〉が何処に言るのか、以前に襲い掛かって返り討ちにした上級生に話を聞きながらして、なんとかそこに辿り着いた。
「ここか……」
わざわざ三年学舎まで出向いたと言うのに、実際に話を聞いて訪れていたのは数年前に使われていたと言う旧三年学舎の屋上だった。そこに俺が今回突撃する〈派閥〉はいるとのこと。
────随分と雰囲気があるなぁ……。
数年前までは問題なく使用されていたと言っていたが、長年の老朽化で流石に建物は封鎖。本来ならば誰も立ち入ることができないらしいのだが、まあちょっと素行の悪い生徒たちのたまり場になっていたとか。それがここ最近で一つの〈派閥〉になったらしい。
事前情報はほぼ無し、なんなら皆無と言ってもいい。一度目の記憶も今回ばかりは役に立たない。それ故かかなり緊張していた。なんと話を持ち掛けるべきか悩んで歩みを進めていれば、いつの間にか屋上へと続く扉の前だった。勢いのままに扉を開けると、強く風が吹き抜けた。
「誰だァ~???」
同時に酷くけだるげで低く唸るような声が俺を出迎える。中に入るとやはりと言うべきかそこには五人の生徒がいた。その中の一人、明らかに屋上にそぐわない豪奢な椅子に腰かけた男が睨みつけてくる。瞬間、全身の毛がよだつ。
「ッ!!」
最初にその男を見た時の印象を一言で表すならば────「激烈」だ。触れるもの全てを破壊するような獰猛さを全身に内包しているような男だった。筋骨隆々、巌のような迫力に、荒立った黄金の長髪は雷を想起させる。彼がこの棟の主────ジェイド・カラミティだ。
別にこれからその男と殺し合いをするわけでもないのに、無意識に〈血流操作〉で血を加速させて臨戦態勢を取った。
────強い。
本能がそう直感する。それも今まで学院で見てきた誰よりも強い。〈比類なき七剣〉に匹敵────第五席の〈氷結魔帝〉と同等の強さかもしれない。間違いなく弱体化した爺さんよりは強い。それだけで相手が相当な強者だと言えた。
一瞬にして身構えた俺を見て屋上の王は歪に頬を引き攣らせた。
「クク……いい反応だ。どうやらただの馬鹿じゃあないらしい」
俺は来る場所を間違えたのだと思い至る。ここは何となくで訪れていい場所ではなかったのだ。
「どうも────お初にお目にかかります……」
まずは敵意がないことを示すべく丁寧にお辞儀をしてみる。その合間に、他の〈派閥〉の人間を盗み見る。
椅子に座った男には劣るが側に居る連中も強い。全員を相手取るのは骨が折れそうだ。
────さて、どう話を切り出したものか……。
勢いで来たはいいものの、話が一気に変わってきた。これは呑気に下剋上をしている場合ではないかもしれない。しかも、開口一番の挨拶は無視されたし。
「……ねえジェイド。彼、最近ウワサの〈首切り〉くんじゃない?」
「ああ?そうなのか?」
俺が息を呑んでどうするべきか迷っていると椅子の手すりに腰掛けた女生徒がこちらを見て思い出したように言った。椅子の主は首を傾げるが、それを補足するように椅子の傍らに控えた辮髪の男が言葉を続けた。
「レイル・ブレイシクルを圧倒して選定まで飛び級した一年生だよ」
「ああ、あのボンクラを倒したやつか……」
どうやら彼らの耳にも噂は当然のように入っているようで、眼前で繰り広げられる会話に口を紡ぐしかない。漸く思い出したと言わんばかりにここの王────ジェイド・カラミティは再びその鋭い眼光をこちらに向けて問うてきた。
「それで? そんな新進気鋭の
「えっと────」
ぶっきらぼうな態度とは裏腹にカラミティ先輩は率直に尋ねてきた。どうやら話を聞いてくれるらしく、それは言葉を選びあぐねていた俺にとってはかなりの助け舟であり、反射的に言葉を紡ぐ────
「ッ!」
紡ごうとして咄嗟に俺は思いとどまる。
この雰囲気の中でここに来た理由を素直に話したとして、俺は果たして無事でいられるだろうか。
────絶対にあんなこと言える雰囲気じゃないよな……。
そう思い至るが、既に言葉を発してしまった。
「どうした?気にせず言ってみろ」
ここで一度吐き出しかけた言葉を取り消すのも眼前の王は許さないだろう。
────ええいままよ!!
もう俺にはどうすることもできない。やけくそ気味に言葉を続けた。
「実はお────私、まだ〈派閥〉が決まっていなくてですね。もしよかったらカラミティ先輩の派閥に入れてもらうえないかなぁ~……なんて?」
「ほう、俺の派閥にな……」
「は、はい!いろいろな人に話を聞きましたが今年の〈最優五騎〉はカラミティ先輩の〈派閥〉が最有力候補と聞きました! 自分で言うのもなんですが私もそれなりに戦えると思います!是非とも先輩の派閥に入れてもらえないでしょうか!?」
何とも小物臭い自己アピールだが今の俺にはこれが精一杯だ。
「ふむ……」
俺の話を聞いて件のカラミティ先輩は空いている方の手すりに肘を掛けてけだるそうに唸る。ここで俺の話を聞いてくれるのならば十中八九、彼の周囲に控える誰かが試験と称して決闘をすることになるだろう。
カラミティ先輩以外ならば今の俺でも勝機は十分にある。ここで、この〈派閥〉に入ることができれば俺の目標は達成したも同然だ。気張り時である。依然として悩むそぶりを見せる王の答えは────
「随分と舐められたものだな」
拒絶であった。
一瞬にして屋上内に重苦しい殺気が支配する。そうしてゆらりと椅子から立ち上がったカラミティ先輩は気が付けば────
「……え?」
いつの間に取り出したのか剣を携えて、俺の首元に切先を添えていた。
「剣を取れ。俺が直々に相手をしてやろう。身の程ってやつを分からせてやる」
そうして、何故か周りの取り巻きではなく〈派閥〉の王自ら俺を見定めるために剣を構えた。
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