第66話 都市伝説

 ────どうしてこうなった?


 俺の人生、予想外な事ばかりであるがその中でも今回はかなり毛色の変わったことが起きていた。


「みんな~、例のクレイム・ブラッドレイくんを拉致って来たよ~」


「おおー待ってましたー」


「流石はリーダー!リーダーに誘惑された男は全員イチコロですね!」


「注目株キターーーーー!!」


 突然廊下で遭遇したエルフ先輩に案内されてきたのは学舎棟のとある空き教室。周囲には人の気配は皆無であり、唯一と言っていいほど異様に盛り上がる女生徒の先輩方が俺を待ち受けて取り囲んだ。


「なんだここ……」


 グランフォレスト先輩に「最終試験をする」と言われて空き教室に連れてこられたのはまあいい。その教室の中に何やら先輩と同じ派閥の上級生の先輩方三名がいるのも納得できる。だがしかし、そこは教室にしてはやけに生活感が溢れていた。


 ────なぜあんな巨大なベットが教室のど真ん中に……???


 いや、生活感と言うのもまた違うかもしれない。何処か排他的と言うか、寂れ切った哀愁すら漂う教室に連れられて気が気ではない。先ほどから感じていた不穏な予感は依然として健在。「逃げなきゃやばいよ」と脳裏にはけたたましい警鐘が鳴り響いている。


「うはーーーー!!噂には聞いてたけどいい男だーーーー!!」


「やっべ、濡れてきた……」


「あれ?この子、エリュちゃんの魅惑に罹ってない?」


 これから面接をすると聞いていたが、出迎えてくれえた先輩方からは全くそんな気配が感じられない。そして彼女たちもグランフォレスト先輩に引けを取らないほど容姿が整っており、正直目のやり場に困る。


 ────と言うか今聞き捨てならないことを言ってなかったか???


 何故か依然としてべたべたと身体を触ってこようとする先輩たちに抵抗しながら俺は質問する。


「あの、最終試験をするのでは? 別に俺の身体を触診する必要はないのでは???」


「え?ああ、気にしないでいいよ~。ちゃんとこれから試験はするから~。てか、自己紹介がまだだったよね? 私の名前はマルシィ、よろしくね」


 困惑する俺に答えてくれたのは茶髪のお団子頭が特徴の先輩だ。続けざまに他の先輩も名乗った。


「私はチェルンです。よろしくお願いしますね」


「僕はジーコっていいます!」


「ど、どうも……」


 しかし依然として俺は困惑するしかない。なにせ彼女たちは俺の身体をまだ無遠慮に触ってきているからだ。


 ────と言うかだんだんと触り方がヤラしくなってきている。


 一向に面接が始まる気配がないのでグランフォレスト先輩に助けを求める。しかし、俺は彼女に助けを求めたのが間違いだったと後悔した。


「あのグラ────ってはあああ!!?」


 いや、そもそもここに来たこと自体が間違いだったのだ。俺の絶叫を聞いてグランフォレスト先輩は振り返る────


「ん?なに?」


 何故かで。全く意味が分からない。首を傾げたグランフォレスト先輩を見て俺は反射的に怒鳴る。


「「なに?」はこっちの台詞だ!! なんでいきなり脱いでる!!?」


 俺の質問に彼女は至極困惑した様子で言葉を続けた。


「なんで……って可笑しなことを言うのね? 男と女が密室に来てやることと言えば一つしかないじゃない?」


「あ!エリュちゃん抜け駆けずるい~」


「やるときは一緒ですよ!」


「僕も脱ぐ!!」


「……」


 何故か全裸になったエルフ先輩を他の先輩方は咎めるどころか、急いで自分たちも服を脱ぎ始める。そこで俺は確信する。


 ────想像以上にヤバい奴らに俺は絡んでしまったらしい……。


 そうして怪談めいたこのエルフ先輩の噂話の真相も何となく察せられた。


 このエルフは人間い興味がないと言われていたが違う。簡単に手籠めに取れるに興味がないのだ。そして、振られた男は大体が生気を搾り取られたように発見される……これは別に魔法実験の被検体になっているとかそういう話ではなく、もうそのまま


 ────つまり、彼女に魅入られた男共は悉くこいつに食われたと……。


 やはり俺の〈ヤバい女センサー〉は正しかった。


「そういえば聞いたことがある……!!」


 男であれば誰もが固唾を呑んで見守る光景に俺は一度目の記憶を思い出す。


 曰く、この学院には男を片っ端から食い漁る痴女集団がいる、と。


 ────こいつ等だったのか……。


 学院の都市伝説の一つであり、男の願望を詰め込んだようなその話を眉唾モノだとバカにしていたが、まさか本当だったとは……。と言うか、そんな痴女集団に一国のお姫様がいるのは世間体的に大丈夫なのだろうか?


「いや、大丈夫な訳ねぇよなぁ!!?」


 身の危険と貞操の危険を感じて俺は咄嗟に逃走を図る。しかし、俺が逃げる気配を感じ取った先輩方の次の行動は迅速であった。


「みんな!!」


「「「合点承知!!」」」


「んな!?」


 出るとこ出して恥ずかしげもなく先輩方は再び俺を取り囲む。大小さまざまな、まじまじと見るのが憚られるお山の数々にやはり視線のやり場はない。これはもう新手のセクハラだ。いやらしいを通り越して卑猥だ、下品だ。


 ────勘弁しろ!!


 別に今更女の裸体を見たところで恥ずかしがれるほど初心な訳ではないが、流石に初対面の裸体を急に見せられるのは常識的にキツい。


「逃すわけないでしょ~!?」


 しかも流石は〈派閥〉を結成していることだけあってかその動きは連携が取れていて隙が無い。無傷で逃げ出すのには相当な労力が必要だ。


 ────それでもやるしかない……!!


「一気に四人も味わえるなんて贅沢だと思わない???」


「もしかして初めて?それなら安心して、優しくしてあげるから」


「全てお姉さんたちに任せて!」


「ぐへへ、一緒にスケベしようやぁ~」


「────」


 普通にこいつら終わっている。まさか、初めて乗り込んだ〈派閥〉が痴女の巣窟だとは誰が想像できただろうが? 据え膳食わぬは何とやらと言ったもんだが、これは食う前から毒が盛られているような破滅味を感じる。


 こういうのは誘惑に負けたが最後、碌なことにならないのだ。オレ、ヨクシッテル、イチドメノジンセイ、ヨクマナンダ。


 ────少し手荒だが許せ!!


 流石に痴女とは言え、全裸の女性を傷つけるのは忌避感がある。俺は唐突に手首を切って大量の血を吹き出す。


「え?急に自傷行為???」


 その光景に先輩たちは驚愕するが無視だ。そのまま血を鞭のように細長い線状にして、俺は瞬く間に先輩たちの身体を拘束するようにそれを巻き付けた。唐突な魔法に全裸の彼女たちが即座に対処できるはずもなく────


鉄血武具アイゼン!!」


 巻き付けた血を鋼鉄の硬さにして見事に拘束して見せる。


「きゃあ!」


「何これ!はずれない!?」


「初めてで拘束プレイ!?マニアックね!!」


「あっ、これいいかも……」


 やっぱりこいつらヤバい。各々の反応を見て俺は本気で引く。


「さ、さよなら~……」


 そうして俺は身動きが取れなくなった先輩方を放置して、教室(ヤリ部屋)からの脱走に成功する。血の拘束が解けるのは早くても三十分。それまでは頭を冷やしてもらう意味も込めて大人しくしてもらおう。


「……俺、あそこに何しに行ったんだっけ???」


 学舎棟を出た頃に漸く平静を取り戻す。結局、〈派閥〉への加入はできず、なんならそれらしい情報も全く得られなかった。ただ痴女どもの裸体を無理やり見せつけられただけだ。本当に何をしに来たのか分からなかった。


「はあ……」


 どっと疲労感が押し寄せて、今日はこれ以上の行動は無理だと判断する。


 ────〈派閥〉選び、そして加入は想像より難しいかもしれない。


 そう実感させられる一件であった。

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