第53話 お叱り
「「「……」」」
重苦しい雰囲気がその部屋を支配していた。
誰もがその空気に言葉が紡げず、周りの出方を伺っている。部屋に集められた面子は誰もがそれ相応の実力者でありながら、まるで叱られた子供のように大人しい。
────なぜ俺まで???
実際、彼らはこれから盛大に叱られるわけだが、そんな中にどうして自分もいるのか、それが全く理解できなかった。
先ほどまで第一訓練場で行われていた毎年の恒例行事である一年生合同訓練は、どこかのアホの所為で中止、もちろん訓練場はとあるバカの所為によって半壊。使いもにならなくなり、怪我人はでなかったもののこの異常事態に訓練を続けるほどここの教師陣は脳筋ではなかった。寧ろ、事の元凶を学長室に呼び集めて、これらかガッツリと説教を始めようとしている。
────それは良い。全くもって当然の帰結なのだが……。
やはりどうして俺までここに呼び出されているのか疑問で仕方がない。確かに今回の騒動の元凶となった一人の騎士と対峙して模擬戦と言うの名の殺し合いをしていたのは俺であるし、無関係とは言えなかった。だがどちらかと言えば俺は被害者よりであり、悪いのはあのサイクロプス女一人だけだ。
────解せぬ。
とは思いつつもいざ、この魔剣学院で一番偉い人物の部屋まで連行されてしまえば何も言えない。
一度目の人生の俺ならば確実に声でかでかと文句を垂れていたことだろうが今回は違う。長い物には巻かれたほうが色々と都合がいいのである。これも一度目の人生で学んだ処世術である……なんてどうでもいいことを考えていると部屋の主である老爺────この学院の長であるグイン・ブレイシクルが口を開いた。
「さて、今回、どうしてこのような事が起こったのか改めて聞いてもいいかな?」
「「「……」」」
底冷えするような重たい声音にそこにいる誰もが────俺の隣にいるグラスやジルフレア、そして今回の合同訓練の監督役であるヴォルト先生は表情を強張らせて、答えあぐねる。グイン学院長はそれを気にも留めずに言葉を続けた。
「未来ある若人を導くための合同訓練、学院での今後の指標ともなる神聖な行事に私情を持ち込み、あまつさえ周囲に危害を及ぼし台無しにした騎士がいると聞いたが?」
「……」
グラスの顔がとんでもないくらいに青褪める。視線を右往左往させて大量の汗まで噴き出ていた。ここまで血の気が引いている彼女は初めて見た。
「〈比類なき七剣〉の名が聞いて呆れるな。いつからその称号はこんなにも無価値なものに成り下がったのだ?」
「ひぇ……」
明らかに挙動不審な彼女に自業自得だと思いつつも、ここまでの反応を間近でされると可哀そうにも思えてくる。
「どう思う。クレイム・ブラッドレイ?」
「え?」
横目で今にも泡吹いて気を失いそうになっているグラスを横目に同情していると不意に話を振られる。
────俺に振るなよ。
反射的に答えそうになるが寸でのところで我慢をする。ここでボロを出すわけにはいかない。
「か、完璧な人間はいないと思います……」
「れ、レイちゃん……!!」
何やらグラスを擁護する返答をしてしまったがそんなつもりは毛頭ない。サイクロプス女は普通に怒られて反省しろ。しかし、今の言葉は本心である。自分もそうであるように何も間違えない人間なんてのは存在しない。
「ほう────」
俺の返答を聞いて学院長殿は何やら思案する。そして再び尋ねてきた。
「それでは今回のことは仕方がないと?」
「いや、それは普通に怒られるべきことだと思います」
「レイちゃん!!?」
何やら抗議の視線を横からひしひしと感じるが知らん。お前は大人しくお縄につけ。俺の答えを聞いて学院長殿は深く頷いた。何がしたいのだこの人は。
「幸い、怪我人はなかった。嬉しい報せもあったことだし、今回に限りブラッドレイの顔に免じて私からの罰は不問としよう」
「ほっ……」
「しかし、今回のことはしっかりと騎士団の方に報告させてもらう。正式な罰はそこで十二分に受けると言い」
「はう……!!」
「猛省することだなグラス・グレイフロスト」
上げて落とす。その緩急の使い方がこの老爺は上手い。無事に隣の騎士一名は卒倒した。ご愁傷さまです。
「ジルフレア、貴様もだ」
「はッ!!」
もう一人の騎士はその場に傅いて頭を垂れた。彼は今回の失態を相当重く受け取めて、何も言わなければ自害する勢いだ。元々、彼はあのサイクロプス女と違って責任感が人一倍強く、そして仕事のできる男なのだ。
そんなジルフレアを見て今まで険しい表情をしていた老爺の雰囲気が漸く柔らかくなる。
「さて、ヴォルトは後でしっかり説教をするとして……無駄な茶番に付き合わせてすまなかったなクレイム・ブラッドレイよ」
「い、いえ……全く滅相もございません……」
どうやら約一名を除いて説教は終わりらしい。
────てっきり俺も流で叱られるものかと……。
悪いことをしたつもりはないし、今も自分が被害者だと信じて疑わないが、ここまで呼び出されると加害者意識が芽生えて身構えてしまうというものだ。しかし、どうやらそうではないらしい。
ならばますます俺がここに呼ばれた理由が分からない。困惑していると学院長は朗らかに笑った。
「今年は粒ぞろいだが、その中でも君は一つ飛びぬけているな」
「あ、ありがとうございます……」
「ヴァイス・ブライトネスの事と言い、君には期待している。一層、研鑽に励んでくれ」
「はぁ……」
温度感が違いすぎて気のない返事しかできない。やはり一度目のクソガキとは違って今回はまだ人畜無害(?)なガキなので対応が穏便だ。そのまま退室の許可が出たので逃げ帰るように俺は部屋を後にした。
やはり俺がここに呼ばれた理由は分からなかった。
・
・
・
依然として学長室の空気は混沌としている。
卒倒した騎士一名に未だ立ち上がらずに猛省する騎士一名、そして先ほどの雰囲気とは打って変わって上機嫌なこの学院の最高責任者────グイン・ブレイシクル。
「……」
その場に取り残されたヴォルトの心境は複雑だ。できることならば今しがた退室した生徒と同じように彼もこの場から逃げ出したかったが、まだ彼の説教は残っていた。勝手は許されない状況である。しかし、いつまで経っても怒られる気配はない。恐る恐る学院長の方へと視線を向けると────
「~~~~」
やはり上機嫌でヴォルトのことなど眼中にないようであった。
────やはりもう帰ってもいいのでは???
そんな甘えた考えが脳裏に過るが、彼も一人の教師であり騎士であった。それでも勝手などは許されない。
「彼は……クレイム・ブラッドレイはどうでしたか?」
だからこそ彼は自分から話を切り出した。あの生徒をここに連れてくるようにと言われたときは学院長の真意が読めなかったが、それはやり取りを終えた今も変わらない。老爺は一つ呼吸を置いて答えた。
「聞いていた以上に聡明で、強い────そして危ういな」
「危うい……ですか?」
「どんな犠牲を払ってでも目的を遂行させる意思……執念と言ったところか。本当にこれから楽しみだよ」
「……」
尋ねてみたがヴォルトはやはり分からない。それでも上機嫌な学院長にこのまま自分のお咎めなしは無くなるではと淡い希望を抱いていると────
「それでは今回のことについて説教と行こうか。何か申し開きはあるかね?」
「……いえ────」
やはり、人生と言うのはそう上手くはいかない。
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