第54話 龍の情報

「「……」」


「見事に撃沈してるな……」


 学長室から退散して寮の自室まで戻ってきていた。


 普段ならばまだ授業────今日の予定で言えばまだ合同訓練中であるはずだが、諸事情があり中止となり休講。最近は鍛錬続きだったのでほんの少しだけ休憩……基、先ほどのヴァイスとスチュアードくんの模擬戦の反省会を行っているところにその二人は来た。


「だ、大丈夫なの?」


「さあ?俺がいなくなった後も相当絞られたってのは見ればわかるけど……」


 その二人とは今回の訓練の特別講師である〈比類なき七剣〉の二人であり、彼らは大して今日の仕事を全うしていないにも関わらずかなりグロッキーな様子だった。


 それを見てヴァイスは心配をするが────


「適当に放置しとけば正気に戻るだろ。知らんけど」


「〈比類なき七剣〉にする接し方じゃないよ……」


 心配したところで杞憂である。この国最強の名を欲しいままにするほどの実力だ。その生命力は尋常ではなく、気が付けば勝手に復活してる。


「やっぱりすごいねレイくんは」


「何の話?」


 今だ譫言うわごとのように「ごめんなさい」と呻くグラスとジルフレアに呆れていると急に褒められる。首を傾げるとヴァイスは続けた。


「いや、〈氷結魔帝〉のグラスさんと互角に戦ったり、その人達をこんな損在にあつかったり……」


「流石に他の〈比類なき七剣〉にはできないけど、この二人とは付き合いが長いからなぁ……」


 思えばジルフレアとは八歳の頃から、そこのサイクロプス女に目を付けられたのは十歳の頃だった。その頃からちょこちょこ鍛錬をしていたし、なんだか自然と軽口を叩けるぐらいの信頼関係は築けた。


 ────ほんとこんな関係になるとはな……。


 感慨深く思っていると呆然としていた内の一人が復活する。その一人とは────


「はッ!?すみません、漸く落ち着いてきました……」


 今回のまとも役であるジルフレアだ。


「俺がいなくなった後にどんな説教を受けたんですか?」


「聞かないでください……今、記憶から抹消したところなので……」


「あ、はい」


 藪蛇だったと反省して俺はまだ正気に戻らないグラスに視線を向けた。


「いつまで呆けてるんですか。早く正気に戻ってをください」


「……はッ!?私と結婚してくれるって!!?」


「言ってねえよ」


 なんでそんな平然と妹の婚約者を奪おうとしてんだよ。


 ────姉として……いや人として終わっているだろ。


 そもそもどうしてこの二人がわざわざ即座に騎士団へと帰らずに俺達の部屋にいるのか? その理由は単純明快。まだグラスと戦う時に提示された〈影龍〉に関する情報を貰っていないからだ。


 二人もそれが分かっているからわざわざここまで出向いてくれた。約束はちゃんと守る人たちなのだ。どさくさに紛れて抱き着こうとしてくるグラスを雑にあしらいつつ、基本的には常識人のジルフレアに尋ねる。


「それで〈影龍〉の情報っていうのは?」


「えーっと……勇者殿が一緒でも大丈夫ですか?」


 直ぐに本題に入ろうとするとジルフレアは待ったを掛ける。


「もしお邪魔なら少し外そうか?」


「いや、その必要はない。ヴァイスは俺の信頼できる友人だ。別に聞かれても構わない」


 空気を読んで部屋を出ようとするヴァイスを引き留めて、ジルフレアに続きを促す。彼は少し驚いたように眼を見開くと直ぐに言葉を続けた。


「分かりました。これは他言無用でお願いしたのですが……二週間ほど前に帝国領に〈影龍〉の眷属が一体、確認されたそうです」


「ッ!!」


 ジルフレアの言葉に俺は息が詰まる。


 帝国領────クロノスタリア王国領を中心としたときに右上の国境線が接している同盟国〈シェイドエンド帝国〉の略称であり────そこで〈影龍〉の眷属が出現したとらしい。


 ────この六年半で全く姿を現さなかった龍がここにきて姿を見せた……。


 どれだけ龍の情報を探っても〈影龍〉は疎か他の龍の情報は全く手に入らなった。それこそ「何処そこに龍が出現した」なんて話は一度も耳にはしていない。その神出鬼没さから自然遭遇はほぼ不可能だ。正に〈天災〉と呼ぶに相応しい……とても腹立たしいがな。


「帝国への被害は? 眷属はどうなった?」


「落ち着いてください……と言っても無理なんでしょうけど、とりあえず深呼吸を。被害は幸いなことに最小限です。眷属も既に消失しています」


 ジルフレアの指示通りに深呼吸をする。それでも気分が落ち着くことはない。


「眷属は誰が倒した?」


「帝国の〈五天剣〉タイラス・アーネルが辛くも勝利を収めたと」


「そうか……」


 それを聞いて俺は漸く殺気立った心が落ち着いてくる。帝国の〈五天剣〉、それはこの国の〈比類なき七剣〉に匹敵する騎士の称号だ。その名前だけなら聞いたことはある。────帝国の〈五天剣〉で辛勝。


 ────なら今の俺なら……。


 恐らく、以前遭遇した眷属よりも今回の個体は込められた魔力量が多かったのだろう。眷属と言えども油断はできないということだ。


「望むところだ……」


「現在は帝国の方で出現地を調査中とのことです」


 本当ならばすぐにでも現地に出向いて眷属の痕跡を調べたいところだが、俺のような他国の貴族がでしゃばることは難しいだろう。


 ────情報が情報だ。本来ならこうして知ることすらできない。


 言ってしまえば機密情報、〈比類なき七剣〉だから知り得ることのできる情報だ。それをジルフレア達の温情で俺は知ることができているに過ぎない。それでもこうして龍に関する情報が手に入るのは大きい。この六年半で全く動きのなかった龍に動きがあった。龍を探る手掛かりはいくらあっても足りない。


「情報は以上です。もう少し詳しいことが分かればよかったのですが……」


「いえ、十分です。ありがとうございます」


 表情を曇らせるジルフレアに俺は首を横に振る。


「また情報が手に入ったらできるだけ早くお知らせします」


「俺としては大変ありがたいですけど……大丈夫ですか?バレたらまた今日みたいなことに……」


「ご安心を、今は国の騎士としてではなく────として世間話をしているだけなので全く問題はありません」


「そそ!レイちゃんは何も心配することはないよ~」


 何とも嬉しいことを言ってくれる二人に俺は頭が上がらない。改めて頭を深く下げてお礼を言う。


「本当にありがとうございます」


「いえいえ。俺達の仲です、気にしないでください」


 朗らかに笑う騎士はそう言って立ち上がった。


「それじゃあ伝えるべきことも伝えたし、そろそろ戻ります」


「えーーーー、もう少しだけのんびりしてこうよ~」


「ダメです。早く帰らないと更に酷いことになりますよ?」


「うっ……それは勘弁かなぁ~」


 何やら表情をまた青くさせた二人を見て、大体のことは察せられる。まだ彼らの戦いは終わっていないらしい。


「それじゃあまた今度」


「はい。次はジルフレアさんも手合わせしましょう」


「そうですね。レイくんがどれだけ強くなったのか見せてください」


「はい」


 別れの握手を交わすと、二人の騎士は足早に学院を後にした。


 こうして一年生合同訓練は終わりを告げた。

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