第47話 授業をサボろう

 早朝の鍛錬を終えて軽く汗を流した後、俺とヴァイスは寮に併設されてある食堂へとやってきた。早朝の鍛錬をしてもまだ早い時間帯と言うこともあってか食堂の混み具合はまちまち、快適に食事ができる。


「く、クレイムくん。これは……」


「飯だけど???」


「これ全部?」


「ああ」


 テーブルの上に所狭しと並べられた朝食の数々を見て絶句する勇者殿。軽く見積もっても六人前はあるその量に、食堂の料理人たちも注文した時は驚いていた。


「量、多くないかな?」


「そうか???」


 気分よく食べ始めようとするとヴァイスが困惑した様子のなので補足して説明をする。


「さっきも言ったけど一日の食事で朝が一番大事だからな。たくさん食べて英気を養わないと。それに魔力回復には栄養補給が必要不可欠だしな。たくさん食えば、それだけ回復も早いし、魔力量も増える」


「それでもこの量は……」


 ヴァイスは眼前に並んだ朝食を見て既に気分が悪そうだ。その気持ちは十分に理解できる。いきなり朝食を三人前食えと言われても常人には不可能だ、それでも食べてもらうほかない。


「ゆっくりでいいからできるだけ食え、残したら俺が食うから。吐きはするなよ、もったいないからな」


「は、はい……」


 俺の言葉に素直に頷いて勇者殿はおずおずと食べ始める。こればかりは慣れるまでは少し大変かもしれない。けれど、この量が普通になれば成長速度はもっと跳ね上がる。


「うぷ……」


「我慢だ、我慢するんだ。これがお前の血肉となり、力になってくれる」


 励ましながら食事を進めていく。するとだんだんとヴァイスの顔色が戻っていき、食べる手も早くなっていく。気が付けばあんなに並んでいた料理の皿が見る見るうちに空になっていった。


 ────鍛錬の時も思ったけど、やっぱり適応力が高いな。


 流石は勇者と言ったところか、まだ初日、それも始めたばかりだというのにもう既にこれに順応しようとしている。普通ならば絶対に不可能だ。俺でも慣れるのに一週間はかかったのだ、やはりポテンシャルは随一、俺の見立ては正しかった。


 内心、驚いているとヴァイスは思い出したかのように口を開いた。


「授業……行きたくないな……」


 ぽつりと呟いたその言葉には確かな不安が孕んでいる。


 流石に昨日の今日であいつらがヴァイスにちょっかいを出すとは思えないが、実際のところは分からない。何せ昨日の彼らは典型的な貴族達だった、自衛をすると決意し、鍛錬を始めたはいいがそれも始めたばかりで不安なのは当然であった。


 ────それならあいつらと距離を置けばいい。


「じゃあ授業に行かなきゃいい」


「それはそうだけど……そう簡単には────」


 俺の妙案にヴァイスは困惑する。しかし、入学したばかりで授業をサボるほど彼は不良ではない。それなら────


「なら俺もサボるわ。一人が不安なら一緒にサボればいい。言ったろ最大限の協力はするって」


 俺も授業をサボれば無問題だ。自分だけ怒られるという不安も、サボってしまった罪悪感も二人ならば薄れる。しかし、それを優等生な勇者殿は許してはくれない。


「そ、それはダメだよ!流石にそこまでクレイムくんに迷惑をかけるのは……」


「安心しろヴァイス。俺は普通に授業にはいきたくない────と言うか単純に鍛錬だけしてたい」


「私利私欲!!?」


 ぶっちゃけたことを言うと勇者殿はいい反応をする。おもしろいなーと呑気なことを思いながら俺は勇者殿に指示を出す。


「そういうことだから気にするな。ヴァイスは気分がすぐれないとか言って授業をサボれ、俺は担任に直接サボることを言ってくる」


「堂々とサボり宣言をしに行くのはどうなの……?」


「安心しろ、そこらへん〈特進〉クラスは緩い」


 そもそも一定以上の能力者が集められたクラスだ。授業らしい授業はあるにはあるが基本的に自由参加であり、自分の突き詰めたい分野があればそちらに傾倒しても問題はない。


 ────まあ、まだ始まったばかりで殆どのクラスメイトが真面目に授業を受けているけどな。


 一般クラスのヴァイスの方も別に一週間のサボりは問題ないだろう。それぐらいの遅れを余裕で取り戻せるほど……いや、お釣りが出るほどに実力が付くのは目に見えている。そうして俺は立ち上がり教室へと向かう。去り際────


「俺が戻ってくるまで休憩な。その後はまた鍛錬するから」


「わ、分かりました……」


 そう言い残して食堂を後にした。


 ・

 ・

 ・


「と、言うことで、一週間ほどサボります」


「おー、好きにしろ~」


 食堂でヴァイスと別れ、朝の教室にて連絡事項を終えたヴォルト先生に予定通り堂々とサボり宣言する。何か言われるかと身構えてみたが、やはり呆気なく了承が貰えた。そんな俺達の変なやり取りを聞いて逆に周りが騒ぎ出した。


「一週間サボるって……どういうことよレイ?」


「これまた急だね、レイ?」


「そうですぜがサボるなら俺もサボります!!」


 とはフリージア、殿下、ガイナである。何故かガイナの俺の呼び方が悪化していることについては触れない、触れてはいけない気がした。一斉に問い詰めてくる彼らを俺は宥める。


「フリージアと殿下は昨日の件、覚えてますよね?」


「ええ」


「もちろん」


「それで、俺の友人をリンチにしていた奴らをボコす為に件の友人────ヴァイスに稽古をつけることになったので、一週間サボります」


「なぜ一週間か聞いても?」


 殿下の質問に俺は言葉を続ける。


「最短で自衛する力を付けるならこれくらいの時間が必要なので」


「なるほど……」


 俺の雑すぎる説明に殿下が納得する。やはり頭のデキが良いと話が早くて助かる。すると今度はフリージアが手を上げた。


「鍛錬なら私も────」


「悪いが今回は遠慮してくれ。短時間で仕上げるのにこっちも本気でやりたいんだ」


「……わかったわ」


 この戦闘狂なら「鍛錬」と聞いて絶対に自分も参加すると言うと思っていたが、案の定である。別に平時ならば自由に参加してもらって構わないが、あらかじめ釘を刺させてもらう。


 これでガイナ辺りも牽制できる。一通りの説明が終わったので教室を後にしようとするとヴォルト先生が最後に呼び止める。


「まあ、何をするのも自由だが、忘れんなよ?これは全員参加だからな」


「はい、分かってます」


 ヴォルト先生の忠告に俺は素直に頷く。朝の連絡事項で言っていたが、なんでも一週間後に一年生全体で合同訓練んがあるらしい。しかも、とんでもないゲストを呼んでとのことだ。そういえば一度目の時もこの時期にそんな行事があったなと、ヴォルト先生の話を聞いて思い出した。


 ────またタイミングがいいな……。


 正にお誂え向き、リベンジには打って付けだ。そう思わずにはいられなかった。

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