第48話 鍛錬過程
勇者の特別鍛錬二日目
「いつまで寝腐っとんじゃワレぇぇええええ!!?」
今日もいつまでも安眠を貪る愚か者を起こす作業から始まった。一日目を驚異的な順応で乗り切り、根性を見せていたというのに、やはりこの勇者殿は早起きが壊滅的に苦手らしい。
「ひぎゃあ!!?」
どこかのクソジジイよろしく、今日もベットからヴァイスを引きずり落としてそのまま裏庭へと直行する。もう既に一度目のトラウマなど彼に関しては消え失せていた。認識と言うのは恐ろしい。
今日は生憎の曇天模様だが、鍛錬をするのに天気は関係ない。たとえ土砂降りだろうとカンカン照りだろうと関係ない。一度始めたのならば等しく鍛錬に取り組んでもらうのみだ。そして今日も裏庭にはそれなりの寮生が鍛錬に励んでいた。
「また寝坊しやがったから今日も罰として素振り六百本追加だ!!」
「ろ、六百!?昨日より増えて……」
「返事は「はい」か「分かりました」だって言ってんだろ!!」
「「「……」」」
朝から騒がしい俺達を見て辟易とした視線を向けてくるが気にしない。何度でも言わせてもらうがこっちだって本気なのだ。
「わ、分かりました!!」
「よし!それじゃあ始めるぞ!!」
俺の怒号に慌てたようにヴァイスは頷き、すぐさま素振りをを始めた。そうして今日も周囲とは一風変わった鍛錬が開始される。
「な、705!!706!!707!!」
「なんだそのへなちょこな素振りは!やる気あんのか!!?」
まだまだ構えは甘く、鋭さにも欠けるが、二日目にして鍛錬の効果が出始めてきている。昨日、体中の魔力を全て使い切るほど鍛錬をさせたお陰か、魔力による身体強化も見違えるようだ。魔力量も爆食の効果で超回復をもう起こしていた。
────素晴らしい。
正直、昨日の鍛錬だけでここまで伸びるとは思っていなかったし、潜在能力の塊と言えど〈勇者〉という血筋の異常性を実感している。
「何あれ、こわ……」
「朝っぱらからかく汗の量じゃないだろ……」
周囲からドン引きした反応が聞こえてくる。確かに常人からすれば朝からこなす量の鍛錬じゃないことなんて俺もよくわかっている。けれど、本気で強くなりたいならこの量でもまだ足りはしない。これでもまだ抑えてる方なのだ。
「ふぶッ────!!」
剣を振り下ろした勢いで地面に突っ伏すヴァイス。このアホみたいな鍛錬に順応して、良くついてきてはいるがそれでも限界は来る。本当は手放しで称賛してあげたいところだが、それは今の彼の為にはならないので心を鬼にする。
「なんだぁ?もう疲れたか?辛いのか?やめちまうかぁ!!?」
俺が煽るように尋ねると彼は急いで立ち上がりこちらを睨んできた。たった一日で本当に見違えた。昨日までの臆病なヴァイス・ブライトネスは変わろうとしていた。
「ま、まだやるよ!せっかくクレイムくんが協力してくれてるんだ。最後までやり切ってみせる!!」
「その意気だ!」
普段は気弱で軟弱だが、存外、その根底には格とした信念がある。
────そりゃあ伸びるはずだ。
こういう奴はほっといても勝手に伸びる。わざわざ俺が稽古を付けずとも、遅かれ早かれ頭角を現すのは必然とも言えた。色々と得心がいった。それでもこの指導を止めるつもりはなかった。
ほっといても強くなるのだから、構えばもっと強くなるのは当たり前……とまでは言わないが、成長する可能性はぐんと上がる。なかなかに楽しくなってきた。
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鍛錬三日目
「あら、今日も授業をサボって鍛錬かい?」
「まあ、そんなところです」
「精が出るわねぇ!たくさん食べるのよ!!」
「あざす」
前半の鍛錬をすべて消化し、学生寮の食堂。昼食を取る為にここに来たわけだが、この数日で寮備え付けの食堂の職員には顔を完全に覚えられてしまった。ここは愛想よくしていると量をオマケしてくれるので気に入っている。
────一度目は全く来たことなかったけど勿体ないことをしていたな。
基本的に昼は学舎にある食堂で昼食を取るのが殆どであり、昼の寮食堂は閑散としている。その為、変に並ばずに直ぐにご飯を食べることができる。
「食うのには慣れてきたな」
空いている適当な席に陣取って昼食を取る。この三日でヴァイスは食べることに関しては何ら問題なく適応してしまった。
「うん!食べるのはもとから好きだし、慣れちゃえば楽しいね!!」
「思わぬ食いしん坊キャラ……」
常に一緒にいるので会話をしていると今のように一度目では知りもしなかったことが次々と出てくる。
────寝るのが好きで、食うのも好き……本当にこれがあの傍若無人の勇者殿???
かなり一度目の先入観は無くなってはいるが、それでも驚くことは多かった。
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鍛錬四日目
「はい、今日はこの訓練場を百周してもらいます」
「ひゃ……!!」
「もちろん、身体強化は全力です」
「全力……」
「それが終わり次第、今日は俺と無限模擬戦をします」
「なにそれ!?初めて聞いたけど地獄の予感しかしないよ!!?」
「返事は?」
「はい……」
随分と朝の素振りにも慣れてきたので、気分転換に別メニューを提案してみたが反応は芳しくない。
────ずっと素振りよりはいいと思うんだけど……???
鍛錬をつけると言うのもなかなか難しい。最近はあの脳筋な爺さんでもちゃんと考えて鍛錬のメニューを組んでいたんだなと実感した。
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鍛錬五日目
「様子を見に来てあげたわよ、レイ」
「なぜ来た……」
「わっ、凄い美人さんだ……レイくんとはどういうご関係で???」
「私とレイは永遠の
「こいつはフリージア。一応、まあ……婚約者だ」
「婚約者!?れ、レイくんは大人だなあ……!」
「まあ名ばかりだけどな……」
偶に変な邪魔が入ったりはしたが比較的順調に勇者の強化鍛錬は進んでいった。
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そして鍛錬六日目。
たった六日でヴァイスの基礎は固まってきた。体力は最低限見れる程度にはなったし、魔力量も初日と比べると相当増えた。ようやく基盤ができ始めてきたこの日に、俺は勇者を勇者たらしめる強さの根本を鍛えることにした。
「れ、レイくん?どうしたの?今日はまだ軽い朝の素振りしかしてないけど……走り込みとか打ち込み鍛錬とかはしないの?」
朝から軽めの鍛錬しかさせない俺を不審に思う勇者殿。普通、毎日あれだけ過酷な鍛錬をしていれば休みたいと思い、軽めの鍛錬を喜ぶだろう。けれど彼は喜ぶどころか不安になってしまうのだから、この数日でだいぶん毒されてきている。
────やりすぎたか???
今更気が付いたところでここまで来るともう後戻りも難しい。なので俺は全てを一旦放っておいて言葉を続けた。結局のところ、今は強くなるのが最重要事項である。
「今日は魔法の鍛錬だ。ヴァイス、お前の魔法は普通の魔法じゃないよな?」
「ッ……すごいなレイくんはこの数日でそこまでわかっちゃうんだ」
何やら驚いて感心しているヴァイスには申し訳ないが、一度目の記憶がある俺は最初から彼が異質な魔法を扱うということはわかっていた。だから、別に驚くことではないのだが……まあ、そんなの勇者殿には関係のない話だ。
「詳しく教えてもらえるか?お前の〈
「勿論だよ。恩人のレイくんにはずっと話そうと思っていたんだ。本当は家族以外には話しちゃダメなんだけど……俺の境遇、そして────【
その日、俺は漸く勇者の強さの一端を知ることとなった。
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