第45話 ××だから
その光景は一度目の人生でもよく見たものだった。
「も、もうやめ────」
ただ無残に淘汰される。
「おいおい、こんなの序の口だぜ?もっと頑張ってくれよ?」
「そうだぜ。せっかく俺達がお前の為を思って稽古を付けてやるって言うのに」
とある生徒が同じクラスの生徒たちであろう貴族たちに囲まれて足蹴にされている。
残念ながら、学院ではこんなのは日常茶飯事であった。なんなら一度目の人生では自分が主導で似たようなことをした記憶もある。その度に同じ奴に邪魔をされて、逆切れして、喧嘩を吹っかけて、返り討ちに遭った。
────ああ、確かにこれは胸糞悪い。
やはり、一度目の俺はどうかしている。なにせこんなクソみたいなことを嬉々としてやっていたのだから。今になって漸く俺は彼の気持ちを理解できた。
一度目の人生とは言え、確かに俺にも彼らと同じようなことをした経験はある。そうなると俺と眼前の俺の友人を虐めているこいつ等は同類と言うことになるわけだが……誠に勝手ながらそれもまた腹立たしい。
「はあ……」
「レ────!?」
深く、腹の底から沸き立つ、勝手に競り上がるソレを何とか抑え込む。隣にいたフリージアが俺を見て何やら驚いている様子だが、それを無視して俺は渦中へと望んで近づいた。
「おいおい、この程度で泣くなよ!」
「ッ────!!」
近づけば近づくほど、不快な雑音が大きくなる。同時に聞き捨てならない声も混じっていた。
「まだまだこれからだ────」
遂にはその貴族集団のリーダー格が訓練用の木剣ではなく、真剣を天高く振り上げた。度を越えたその一幕に我慢ならずに一足でそいつへと接近して腕を掴み取る。
「おい、その辺にしとけよ」
「あ?なんだお前?」
良いところで水を差されたリーダー格は不快感を隠さずに俺を睨んでくる。それを気にせず言葉を続けた。
「俺の大事な友人にどんな
「部外者はすっこんでろ。お前がこいつの友人?ハッ!冗談にしては面白くないな────失せろ」
しかし、彼は聞く耳を持たずに俺の手を払い除けて拒絶する。その態度に更に思考が冷静になっていく。
「冗談でも何でもない、事実だ。ヴァイスは俺と同室の気のいい友達に違いはない」
そう思っているのは俺だけかもしれないが、この瞬間だけはそういうことにさせてもらう。それが彼を助けるための最善策だ。
「そうか、友達か……涙ぐましいねぇ!友人の危機に颯爽と駆けつけるなんてさ────それじゃあ、お前がこいつの代わりにボコされるか?」
「ッ!!く、クレイムくんは関係────」
「てめえは黙ってろカス!どうだ?友達ならそれぐらいできるだろ?」
煽るようなリーダー格殿の言葉。周りの取り巻きも下卑た笑みを浮かべて大変楽しそうである。全くもって下らない、俺としてはそれでヴァイスが助かるなら問題はない。しかし、一つ懸念点があるとすれば────
「俺はそれでも構わないが────お前ら程度が俺をボコせるのか???」
煽ったつもりはない。単純に気になったので尋ねてみた。
見たところ、こいつらはガイナにも及ばない三流ばかりに見える。頭に血が上ってるにしても、対峙している相手の力量を上手に測れない奴に後れを取る気はなかった。
「うわあ……」
だから、背後でそんな呆れ果てたため息を吐かないでほしい。そしてやはり、彼らも今の俺の言葉を煽りと受け取ったようでわかりやすく表情を赤くして憤慨している。
「お前、ふざけるのは大概にし────」
「ちょ、ちょっと待て!」
「……どうした?」
我慢の限界だと言わんばかりにリーダー格殿が殴りかかろうとしてくるのを意外にも取り巻きの一人が止める。そいつはどうやら俺を見て何かを思い出したらしい。
────嫌な予感がする……。
「こ、こいつ〈特進〉クラスの〈首切り〉だ!〈首切り〉のクレイム・ブラッドレイ!!」
「首切り────って、試験を一位合格したガイナ・バスターを一瞬でのしたっていう……」
「そう!その〈首切り〉だ!決闘中に執拗なくらいに首を狙ってきて、確実に殺しにくるっていう悪魔みたいなやつだ!!」
「……」
なにやら恐れ慄いた様子の貴族集団に俺は気まずくなる。既にガイナとの決闘のことがここまで学院内に広まっているとは思わなかった。噂の浸透が早いと言うのは恐ろしい。それにしても────
「〈首切り〉ってなんだよ……」
確かにこの前の決闘はそんな戦いかたをしたが、別に深い意味があったわけじゃない。あれが一番、敵に圧をかけられて効果的な戦術だからしただけで────とにかく、その変な異名は不服である。
────てか笑えない。一度目の人生で斬首刑を執行された男の二度目の人生の渾名が〈首切り〉だって……???
笑い話にしては出来が悪すぎるだろ。意義申し立てを彼らにしようとするが、分の悪い相手だと察した途端に引け越しになる。
「ひ、卑怯だぞ平民!なんでお前がこんな奴と知り合いなんだ!?」
「クソ!覚えてろよ!!?」
「……」
うーん、この何とも言えない三下感。この身代わりの速さは見事だとすら思えてしまう。そうして捨て台詞を残していじめっ子集団はそそくさと訓練場から消えた。
「とりあえず、面倒な奴らは消えたな。大丈夫かヴァイス?」
「う、うん……迷惑かけてごめんね、クレイムくん……」
「同室の好だ、気にするな。今日はもう部屋に帰ろう」
「え、でもクレイムくん、ここに用事があって────」
「いいから行くぞ」
一人で立つことも儘ならない勇者殿の肩を担いで俺は踵を返す。
「と言うことで、今日の鍛錬はなし」
去り際にここまでついてきたフリージア達に断りを入れる。流石の彼らもあれを見ては何も言ってはこなかった。
・
・
・
部屋に戻って軽い手当をしながらあんなことになった原因を本人から直接聞いた。
やはりと言うべきかクソみたいな理由に俺は怒りを通り越して呆れ果てる。それと同時に一度目の自分を見ているようでやはり気分が悪い。
「今日はクレイムくんのお陰でなんとかなったけど……」
「まあ十中八九、俺がいないところで報復的なことはしてくるだろうな」
「う、うん……」
容易に想像できてしまうからまた質が悪い。あいつらはまたヴァイスにちょっかいをかけてくるだろう。そうしてヴァイスは何も悪くないのにとても申し訳なさそうだ。
————まあ、仕方がないか。
心中お察しだ。まさか一年時の彼があからさまないじめに遭っていたとは……それじゃあ本当に何がきっかけで一度目の勇者はあんなに強くなったのか気になるところだが────
「いかんいかん」
思考がズレた方向に行きそうになったのを無理やり戻す。できれば何とかしてやりたいが、
「流石に俺がずっと近くにいるのも無理だしな……」
「そ、そこまでしてもらうわけには……!!」
クラスは別だし、そもそも互いの教室の距離は相当離れている。現実的ではない。ならば────
「それなら、ヴァイスがあいつらより強くなるしかないな」
自衛してもらうしかない。厳しいことを言ってるように思うかもしれないが、これが一番現実的に思えた。実際問題、俺の記憶にある勇者ヴァイスなら余裕でそれができる潜在能力はあるはずだ。
「……へ?」
しかし、件の勇者殿はピンと来ていないご様子だ。そうして言葉の意味を飲み込むと勢いよく首を横に振った。
「いや、無理無理無理!俺なんかがべインドくん達に勝てるわけ────」
「やる前から諦めるなよ。それに、何も一人で強くなれなんて言ってないだろ?」
「え?」
「俺の見立てでは一週間も鍛錬を積めば、ヴァイスがあのべインドくんとやらを倒すことは可能だと思っている。それぐらいの潜在能力は十分にあると思っているんだが?」
「ほ、ほんとに?」
「ああ。勿論、無理にとは言わない。結局のところヴァイスがどうしたいかだ……けど、もしアイツらからのいじめを自分で何とかしたいなら俺は最大限の協力は惜しまない」
「ど、どうしてそこまで……?」
俺の提案に勇者殿は心底納得できないと言った風に尋ねてくる。確かに、まだ出会って三日。それなりに意気投合していたとは言え、これだけ親身に協力してもらう理由がないと彼は思っているのだろう。
実際、その疑問は至極当然だ。けれど、俺としては全くもって他人のようには思えないのだ。一度目の人生の記憶だったり、幾度となく立ちはだかった宿敵としての思いだったり、まあ色々な感情はあるが結局のところ今の俺をここまで突き動かすのは────
「友達……だからな。困ってたら力になりたいと思うのは当然のことだ。それとも違ったか?」
自分でもらしくないことを言っている自覚はある。それでも力になりたいと思ったから行動する。何事も、もう後悔するのは勘弁だから。
「そ、そんなことないよ!すごく嬉しい!お願いしてもいいかな!?」
ここで「友達じゃないです」とか言われたら結構本気で黒歴史案件だったが、なんとか思いは通じたようである。ならばやることは単純である。
「それじゃあ明日の朝から特訓開始だ」
「うん!!」
爺さん仕込みの鍛錬をこなせば、誰でも一週間でそれなりにモノにはなる。それも潜在能力の塊である勇者が行えば効果は覿面であろう。
────まあ、こなせればの話ではあるが。
こうして一度目の人生では考えられない、勇者の強化鍛錬が始まった。
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