第44話 憧れ
「ヴァイスよ。私たち勇者の末裔は既に過去の産物、歴史から忘れ去られた存在でありその責務はないに等しいものだけれど、ご先祖様が培ってきた誇りや矜持を蔑ろにしてはいけないよ?」
小さい頃、よく祖父は口を酸っぱくしてそう言っていた。
「お前は我が一族に数百年ぶりに生まれた〈継承者〉だ。その所為でこれからたくさんのつらい思いをするだろうけれど、これだけは忘れてはいけない」
「なに?」
「お前が生まれてきたということは残念ながら〈勇者〉と言う過去の遺物がまた必要だということだ。きっと救済者としてお前は沢山の人を助けて、同時にたくさんの命を背負い、失うこともあるだろう。けれど、決してお前は一人なんかではない。どんなに辛く苦しくとも、それを一緒に乗り越えてくれる仲間が絶対に現れてくれる。それが”血”の運命だ」
「よく、わかんないや」
けれど幼い頃の俺にはその意味の半分だって理解できず、首を傾げることしかできない。当然と言えば当然だ。いきなりこんな小難しい話をする祖父が悪い。それでも俺は祖父の話を夢中になって聞いた。
「今はそれでもいい。こういうことがあったと覚えているだけで十分だ」
そんな俺を見て、祖父は決まって朗らかに笑うと頭を優しく撫でてくれた。それが俺はとても好きだった。正直、今もあの時の祖父の言葉は要領を得ない。だって「勇者の末裔」で「数百年ぶりの〈継承者〉」とか言われても実感なんて全く湧かないのだから。
俺────ヴァイス・ブライトネスと言う人間は至って平凡で、特質した能力があるわけでもない、気が弱くて、友人と呼べる仲間もいない、ただの一般市民に過ぎない。だから、国から学院の試験案内が来たときは驚いた。
〈クロノスタリア魔剣学院〉
そこは未来ある優秀な子供だけが通うことのできる由緒正しい学び舎であり、ただの一般市民が試験を受けたいと思って受けられるものではない場所だ。誰をも納得させうる偉業を成し遂げたわけでもないのに、どうして俺なんかにこの話が? その疑問は直ぐに解消した。
勇者候補であるから。
理由はただこれだけに尽きる。本当にそうなるかも分からない、才能もない俺なんかを国が見定めようと機会をくれた。
正直、自分が勇者候補だからとか先祖の血を色濃く受け継いでいるとかはどうでもよかった。けれど、この時ほどこの血を有難く思ったことはない。なにせ、ずっと諦めていた夢を叶えることができるかもしれないからだ。幼い頃に憧れた〈紅血の騎士〉のように自分もこの国最強の騎士になれるかもしれない。その希望が降って湧いてきたのだから断る理由がない。俺は試験を受けることにした。
結果は────合格。筆記や実技は絶望的だったが、まともに扱うことのできない魔法のお陰でなんとか学院に入ることができた。
「や、やった……!!」
情けない理由だったけれど試験に合格できたのは嬉しかった。家族も喜んでくれたし、これから夢を叶えるために頑張るのだと張り切った。
────ずっといなかった友達も出来ればいいな。
なんて思ったりもして期待していた。全寮制と言うこともあって初めての他人との同居にはかなり緊張したけど、蓋を開けてみれば同室になった人はとても良い人だった。
最初はその名前を聞いて驚いたけれど、彼は分け隔てなく俺を受け入れてくれて、仲良くしようとしてくれた。嬉しかった、これが俗に言う「友達」と言うやつなのだろうか……なんて年甲斐もなくはしゃいだりもした。
俺の学院生活は好スタートだと思った。けれど、そんなのはただの勘違いだった────
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この学院に通うのは基本的に貴族か、武人、はたまた年齢にそぐわない実績をたたき出した天才の少年少女ばかり。
つまりは大体の生徒が強く、国を守る騎士────王を守護する〈比類なき七剣〉に成り得る逸材ばかりだった。そんな強者の巣窟の中に何者でもない平凡な俺が飛び込めばこうなることはわかっていた。
「どうして平凡な一般市民がいる?」
「知識も剣術もお粗末、本当になぜお前が選ばれた?」
「こんなやつよりもっと他に合格するべき人間がいただろ……」
ただでさえ一般家庭出身者と言うのは異質で珍しい。「弱肉強食」を謳っているこの学院だが、未だ生徒間には身分の意識は根深い。それがまだ入って間もない新入生ならば猶更の事であった。
これで俺に彼らと渡り合う実力が備わっていたのならば何も問題はなかった。しかし、前述の通り俺は平凡であり、ここでの区分は間違いなく「弱者」であり、何もできない無能者は────
「も、もうやめ────」
ただ無残に淘汰される。
「おいおい、こんなの序の口だぜ?もっと頑張ってくれよ?」
「そうだぜ。せっかく俺達がお前の為を思って稽古を付けてやるって言うのに」
学院に入って三日目。早くも俺は学院での居場所をほぼ失い、こうしてクラスメイト達に「稽古」と称して訓練所へと連れ出され痛めつけられていた。
俺の所属するBクラスの首席────スチュード・べインドは初日から一般家庭出身である俺に言いがかりを付けて、こうしてしつこく絡んできていた。完全に淘汰するべき対象として目を付けられたわけである。
────やはり貴族と言うのはこういうものなんだ。
一番最初に話した彼が特殊だっただけだ。あんなに分け隔てなく平民と接してくれる貴族なんて普通はいない。そうだと分かっていても、それでも俺は嬉しかった。彼のような貴族いるのだと安心できた。現実は非常だけれど────それでもここを耐えて部屋に戻ればまた楽しく友と語らえる。
────それで十分じゃないか。
取り囲まれて無造作に殴られ、蹴られる。抵抗なんてできない。すればきっと倍になって痛みが返ってくる。それはもっと怖かった、恐ろしかった。
「おいおい、この程度で泣くなよ!」
「ッ────!!」
不意に涙がこぼれた。我慢しようとしたのにできなかった。無理だった、何もできない自分が悔しくて、情けなくて、消えてしまいたかった。
「まだまだこれからだ────」
「だ、れか────」
無意識に助けを求めた。誰もこんな自分を助けてくれるはずないのに、こんな面倒ごとに付き合う義務なんてない────
「おい、その辺にしとけよ」
────そのはずなのに。
「……え?」
「あ?なんだお前────」
暴力の雨が不意に止んだ。上を見上げればそこにはこの学院で唯一、友と呼べるかもしれない人が俺を庇うように立っていた。
「俺の大事な友人にどんな
初めて見た彼のその表情は思わず息を呑むほどに恐ろしくて、そしてとても風格があって────
「クレイム……くん!!」
「助けるのが遅くなって悪い。もう大丈夫だからな、ヴァイス」
俺が憧れた紅血の騎士にとてもよく似ていた。
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