第43話 イジメの現場
勇者————ヴァイス・ブライトネスは至って平凡で普通の少年であった。
「あともう少し……できれば三時間ほど……」
「いつまで寝てる気だよ……逆に体に悪いだろ……」
朝が弱くて、意外と食べるのが好き。勉強は普通であり、剣術はイマイチ、彼の代名詞であった八つ目の〈
────なんだこの緩すぎる生き物は???
一度目の人生で見聞きした勇者と、今の勇者とでは何もかもが違いすぎて全くの別人にすら思えた————と言うか別人だ。
しかし、それが悪いことなのかと問われると、俺としては全く無問題だ。寧ろ、親近感すら覚えていた。一度目の人生での彼の印象は完全無欠であり、どう足掻いても敵わない強者だった。そんな勇者も一、二年前まではなんてことない少年だったのだと思うと安心した。
それと同時に恐ろしくもある。たった一、二年前まで極めて平凡だった少年が学院に入って、実力を付け頭角を現した。今思えばその異常性が嫌と言うほどに分かる。これから彼にどのような試練が待ち受けているのか、どのような試練を乗り越えればあれ程の境地に至れるのか。
正直なところ、ものすごく気になった。もしかしたら、彼の歩んできた人生の中に龍を殺すための手がかりがあるかもしれない。そう気が付いてからは、勇者との同室も悪くはない……寧ろ、彼をよく知る為の好機とすら思えた。
そうして学院生活が始まってまだ三日程度だが、俺とヴァイスは気が合った。俺は一度目のトラウマの所為か平穏をこよなく愛し、そしてどちらかと言えば物静かで争い事が不得手そうな勇者も正にその通りであり、考えがよく似通っていた。
「うちのクラス、怖い人がたくさんいるんだ。ちょっと目が合っただけで凄い睨みつけてきて……もう本当にやだ」
「分かる。うちのクラスも血気盛んな奴が多くて、初日にめちゃくちゃ睨まれた」
「クレイム君も!?」
「ああ。本当にあれは憂鬱だった……」
「分かるよ……なんかずっとざわざわして落ち着かないよね」
「分かる」
お互いの近況を報告し合って、励ますことなんてざらにあって、もう数年来の友人なのではと思うぐらいには意気投合してしまった。
言ってしまえば俺は今の勇者の事を結構気に入ってしまった。
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放課後、まだ学院は始まったばかりで授業も基礎的な事ばかり。一度目でトラウマであったヴォルト先生の授業も今のところは至って普通を装っていた。
────その化けの皮がいつ剥がれることになるやら……。
きっとそう遠くない未来に俺達が地獄を見る日は訪れるのだろう。普通に考えたくない。
「はあ……」
そんなこんなで、今日も一日をやり過ごし俺はそそくさと教室を後にする。この教室にいると碌なことが起きないのはこの数日で嫌と言うほど実感した。即撤退が吉である。
「今日もお疲れさまでした、クレイムさん!!」
「「「おつかれした!!」」」
「はいおつかれ~」
朝と同様にガイナ達にバカでかい声で挨拶をされる。挨拶をされるのは別にいい。コミュニケーションに於いて挨拶は大事だし、元気なのも大変よろしいのだけれど――――
「次からはもう少し静かにね???」
「はい!!」
如何せん元気が良すぎる。
————やっぱりこいつら俺のこと嫌いだろ。
そうとしか思えない。この馬鹿でか挨拶の所為で他のクラスメイト達から奇異の視線を向けられることにも慣れきってしまった。悲しい慣れだ、できることなら慣れたくない。
「はあ……」
全く改善される気配のないガイナ達のバカでかい挨拶にゲンナリとしながら今度こそ教室を後をしようとする……と当然の如くフリージアが隣にいた。
「今日は何をするの?」
「……」
その自然ぶりに軽く恐怖すら覚えた。
────こいつ、いつから俺の隣にいた?
全く気配を感じなかったぞ。「なんでいるの?」と素直に尋ねたところで帰ってくる答えは素っ頓狂なものなので聞くだけ無駄である。俺は平静を装って答えた。
「鍛錬」
本当は行きたい場所があったのだが、何やら数日ほど工事があるらしく生憎の閉館中だった。
────学院に来た一番の目的だったけど……致し方ない。
ならば、後できることと言えば鍛錬ぐらいだ。勉強は……まあ、成績不振にならない程度なら無視で良い。
「私も一緒にいい?」
「どうぞご自由に」
どうせ「ダメ」と言っても勝手についてくるのだから律儀に許可を取らなくてもいいだろうに……本当にここ最近の彼女は大人しい。
廊下を二人で進み、常時一般開放されている第三訓練場へと向かう道中、
「レイ」
またしても声をかけられる。今のところこの学院で俺のことを愛称で呼ぶ同性は一人だけである。
「ご機嫌麗しゅう、殿下。俺に何か御用ですか?」
王子殿下だけだ。彼は俺の恭しい挨拶を見てため息を吐く。大変失礼な奴である。
「はあ……レイ、君も強情だな。もっと気楽に接してくれていいと言っているだろう」
「……」
例の如く彼の隣にいるグラビテル嬢も首肯して激しく同意している。しかし、俺としてはこれだけは譲れない。敵対する気はないが、必要以上に仲良くする気も俺としてはないのだ。だからなるべく関わり合いは避けたいのだが――――
「まあ、いい。何やら急いで教室を出て行ったからね。これから何かするのかい?」
「これから鍛錬に行くのよ」
「おお、鍛錬か!あれだけ強いレイがいつも欠かさずに続けている鍛錬……正直、気になっていたんだ。グレイフロスト嬢、俺たちもご一緒してもいいかな?」
「かまわないわ」
勝手に話が進み、何故かご一緒することが決まってしまった。
————なぜ俺に意見を仰がない?
隣の戦闘狂を問い詰めようとするが、もうどうにかできる雰囲気ではないので仕方なく受け入れる。
本音を言えば、この四人で学院内を歩くのは嫌だった。何せ、この国の王族と名家のご息女たちだ。加えて全員が〈血統魔法〉の使い手となれば周りは嫌でも注目せざるを得ない。俺の噂は依然として健在であり、なぜか俺にだけヘイトが飛んでくるがここまでくるともう慣れてしまう。
────訓練所、空いてるといいなぁ~。
心を無にして、鍛錬の事だけを考える。少しだけ気分が落ち着いてしまうのだから、俺は完全に毒されてしまっている。
「今更か……」
苦笑して、学院内を進んでいけば目的地へとたどり着く。いくつか学院内に点在している訓練場、その数は全部で十三に及ぶが常に使用可能なのはこの第三訓練場と、上級生のいる学舎の近くに存在する第六と第九訓練場だ。
「盛況だな」
「ですね」
殿下の反応に同意する。流石、弱肉強食を謳うだけあって、放課後に鍛錬をする生徒は多い。そんな訓練場の一画、誰もが真剣に鍛錬をする中に、少し様子のおかしい集団があった。
「おいおい、こんなもんか~?」
「ッ……!!」
「スチュードさん、俺達にもやらせてくださいよ」
「ああ?しょうがねえなぁ……」
傍から聞こえてくる声的に鍛錬と呼ぶには聊か幼稚すぎるやり取り。どうやら出来の悪い生徒を数人で寄ってたかっていびっているようだ。しかし、それを助ける生徒は今のところ誰もいない。
「……」
いびっている奴が相当な実力者なのか、それとも弱者を助ける気がないのか。定かではないが、傍から見ていて気分がいいものではない。何となく気が引かれて、その集団の様子を深く伺うと俺は息を呑む。
「ッ!!」
「も、もうやめ────」
そのいびりの中心になっていたのは勇者であったのだ。
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