第42話 〈氷鬼〉の考え


 その日が来るのを私はずっと待ち望んでいた。


〈クロノスタリア魔剣学院〉


 そこで絶対に倒すと心に誓った相手と漸く再開できる。、彼はただの絶対に倒すべき宿敵ではなくなり、絶対に並び立ちたい目指すべき道しるべになった。


 ————もう、彼は私の知る彼ではなくなった。


 大切な友人であり実の妹のように大事だったアリスが祝福ノロイを受けてから、彼はより一層鍛錬に打ち込んだ。


 それこそ、私が入る隙間もなく、文字通り死ぬ気でだ。騒動があって一か月は自宅療養を余儀なくされた。父や母、姉にも多大な迷惑と心配をかけた。家族や使用人たちを安心させるために私は彼から距離を置いた。


 そうしてようやく傷も癒えて、外出の許可が出て、久しぶりに彼を見た時は驚いた。


「お前の限界はそんなもんかレイ!!龍を殺すんだろ、そんなんじゃ死んでも出来やしないぞ!!?」


「うっせえ!!んなこたぁ分かってんだよ!!」


 彼はいつも通り、フェイド卿と裏庭で鍛錬をしていた。けれど、今まで私が見てきた鍛錬とは全く違った。気迫が違う、激しさが違う────覚悟が違う。直感した。何もかもが私の知っているものではなくなってしまった。


 そんな彼を見て私はこのまじゃいけないと思った。今はまだ彼に挑戦することすら烏滸がましい。だから、私は彼と本格的に距離を置くことにした。過去の遺恨は決して消えない、けれどもそれを塗りつぶすほどの莫大な感情が私に押し寄せた。


 ————この気持ちを、世間ではなんと呼んだだろう?


 少し前までの私ならすぐに分かったのだろうけど、今はそんなことを考える時間があるのならば少しでも前に進みたかった。


 最後にまともに彼と顔を合したのは実に四年前、久ぶりに再会した彼は予想以上に大人になって、以前よりも雰囲気も変わっていた。具体的にどう? と聞かれてもはっきりと説明できるわけではないけれども彼は本当に変わっていた。見た目もだけれど、それよりも――――


「強い……」


 見ただけで分かった。数年会わずとも分かってしまう。曲がりなりにも、私だって研鑽を積み、去年の国主催の剣術大会では上位入賞も出来た。前よりは強くなれたと思う。けれどそんな自負を吹き飛ばすほどの差が彼と私にはあった。


 ————まだまだだ……!


 悔しかった、未熟な自分に腹が立った。しかし、それと同時に嬉しかった。彼は私の予想を遥かに超えて、想像以上の姿を見せてくれた。


 正直に言えば、ときめいてしまった。心の底から震え上がった。そう自覚すると途端に私は羞恥に駆られて、彼にどう接すれば良いかわからなくなった。だから昔のようにぶっきらぼうな態度を取ってしまう。彼はそれを気にせず、当然かのように受け入れてくれたけれど、私は逆にそれが気に入らなかった。


 ————そんなに私って戦うことが好きだと思われてるの?


 でも、戦いたいというのも本音で、敵わないと分かっていても今の自分が彼にどれだけ通用するのか試してみたかった。


「戦わねえよ」


「なんでよ!?」


 結局、それは叶わないのだけど。今のあんな戦いを見てしまえば戦って確かめる必要もなかった。


 初日から彼に対する荒唐無稽な噂が流れ、そうしてほとんどの人間が彼を見縊り、嘲笑し、馬鹿にした。それが私は気に入らなくて、噂を全く否定しない彼にも不満だった。


 だって彼は噂とは真逆の血の滲むような努力の末に今ここにいるのだ。確かに社交界に全く顔を出さなかったのはいけなかったかもしれないけど、それを抜きにしたってふざけた話だった。本当は声を大にして噂を否定したかったけれど、彼はそれを望まなかった。理由はとても単純で、そして信じられなかった。


「その通りだろ」


「……え?」


 何が? どこからどこが? 何を聞いてその通りだというのか? 


 おかしいと思った。彼は全くもって自分の現状なんかには満足していなくて、常人では到底不可能な努力を当然と信じて疑っていなかった。見ている先が違うと思った。そんな彼に追いつくために、私はどれほどの努力を重ねればいいのかわからなくなった。


 やはり、世界を見下す七龍の一体を殺すということは相当なことなのだと再認識した。


 ────それでも近づきたい、理解したい、支えたい。


 そう思うのは可笑しなことだろうか? 馬鹿げているだろうか? 分不相応だろうか?


 そうだとしても構わなかった。私は姿


 ・

 ・

 ・


 クラスのリーダー決めから早三日が過ぎた。


 ガイナ・バスターくんとの決闘に勝利した俺はあれ以降、彼らから変なやっかみを受けることはなく、転じて平穏な学院生活を送れるように――――


「おはようございます!クレイムさんッ!!」


「「「おはようございます!!!」」」


 なってはいなかった。教室に向かう途中、後ろから走って来たガイナくん率いる〈試験組〉のクラスメイトに大声で挨拶される。


「ああ……うん、おはよう」


 あの一件以降、彼らの中で俺は「怒らせたらやべー奴」認定されて、めちゃくちゃ気を使われるようになった。正に今みたく、騎士が上官を前にして綺麗な挨拶をするようにだ。


 ————毎朝挨拶してくれるのはいいんだけど、うるさいんだよな……。


 周囲の他の生徒たちは今のガイナくん達の大声を聞いて当然驚いてる。彼らは俺を怒らせない為、ご機嫌取りの為にやっているのだろうが、ここまであからさまだと逆に「新手の嫌がらせなのでは?」と思えてきた。


「朝から元気なのはいいと思うけど、もう少し音量を落とそうか?周りの人にも迷惑だしね……」


「はいッ!!!」


 あー、こいつ話聞いてねえわ。穏便に諭してみてもこれである。もう一回痛い目を見ないと分からないか────


「いかん、いかん……」


 手っ取り早い解決方法が脳裏に過るが思い直す。それをした結果が今なのだから、今度は根気強く粘って、平和に平穏にやってみよう。


 なんて考えていると教室に辿り着く。背後ではガイナくん達が俺の為に扉を開けて「さあどうぞ!!」と待機している。やはり俺はイジメられているのかもしれない。教室の中に入れば先日、〈特進〉クラスの頭目に就任したクロノス殿下が近づいてくる。


「やあ、おはようレイ」


「……おはようございます殿下」


「おいおい、学院では気軽にクロノスと呼んでくれって言ってるだろ?俺と君の仲だ、気にする必要はない」


「あはは、どうも……」


 先の一件で、一度目の人生では考えられないほど王子殿下の信頼を得てしまった。たった一度、代理で決闘しただけだというのにあの日以降、殿下からは「家臣にならないか?」と勧誘が絶えない。


「それで、家臣の件は考えてくれたか?」


「あー……大変光栄なお話なんですが俺が殿下のお役に立てるとは思えないのでこの話は――――」


「まあ、そう決断を急ぐものでもない。、じっくりと考えてくれ」


 ————いや、お前が急かしてきたんだろ。


「ソウデスネー」


 とは流石に言えないので俺は苦笑を返すしかない。どうしてこうなった。俺の目指した平穏な学院生活は見る影もない。朝から珍しいタイプの嫌がらせを受けるは、トラウマには絡まれるはで、本当にどうしてこうなった。


 俺が何をしたというんだ……いや、逆に何もせずに周りの顔色を窺っているからこうなってしまったのか。そう考えると一度目で好き勝手に暴れていた俺もちゃんと考えがあって――――


「んなわけあるか」


 バカげた思考を鼻で笑う。どんな理由があれど一度目の俺はバカであり、クソであり、愚かであることは変わらない。


 この数日で定位置となった席に座り、ぼーっと外を眺めていると隣の席に誰かが座る。


「おはよう、レイ」


 誰かなんて確認する必要もない。俺の隣に無断で座ってくるのは今のところ一人だけであった。


「おはようさん……」


 平然と挨拶をしてきたフリージアに返事をする。ここ数日で彼女が俺の隣を陣取るのも日常となりつつあった。最初はなんでわざわざ隣に――――と思っていたがもうなんだかどうでもよかった。


 久しぶりに再会してからと言うもの、この戦闘狂は「勝負をしろ!」とずっと煩かったがこれも先の一件でぱたりとなくなった。彼女の中でどのような心境の変化があったのかは知らないが、変に駄々を捏ねなくなったので良しとした。


「ねえレイ、例えばなんだけど私が【霜雪魔法フロストアーツ】であなたの足……機動力を封じられたとして、そこからどうやって詰めにかかるのが効率的かしら?」


「急に死刑宣告?俺の殺し方を俺に聞くのはどうなの?」


「いいから答えなさいよ」


「えー……」


 その代わりに、こうして戦闘に関しての意見を訪ねてくるようになった。しかも具体的に、絶対に例えの中に俺を出して────やはり、戦闘狂は戦闘狂であった。


 このようにたった三日で俺の周囲は目まぐるしく変化し、そして心休まらない日々が常となった。唯一の救いは自室と鍛錬中は穏やかな時間を過ごせていることだ。


 同室には勇者がいて、当初はこれじゃあ全然気が休まらないなとか思っていた。しかし、思いのほか勇者との寮生活は良好、何なら楽しいとさえ思えていた。

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