第16話 忙しなく
クソジジイの鍛錬を受け始めてから三カ月が経った。
「起きろレ────」
「もう起きとるわ……と言うかそろそろ起こしに来るのやめろよ」
「んぐぐ……」
既に朝日が昇り始めた頃に勝手に目が覚めて、毎朝律儀に起こしに来る爺さんを待ち受ける。そのままの流れで外で素振りをするのが当然になってしまった。
これ以上強くなってどうするのかと頭では葛藤しても体はもはや日課となった素振りを止めようとはしない。逆に素振りをサボろうとすれば体が変な汗を流し始めて、酷いと震えることもあるから洒落にならない。なんだかよくない方向に思考と身体が作り変えられているように思えるが、今更気が付いたところで手遅れなような気もする。
────受け入れたくねぇ……。
ゲンナリとしながらも体は全力で素振りをするのだから本当に救えない。せめてもの救いはこの彩の無い朝の鍛錬に花が添えられたことだろう。裏にはむさ苦しい男どもの声だけではなく、可愛らしい少女の声も聞こえてくる。
「56!57!58!!」
「アリス、腕だけで振るな!もっと全身を使うんだ!!」
「は、はい!!」
見ての通り最近ではアリスも一緒に素振りをする日があったりなかったり。今日は早起きができたようで、隣で素振りに興じている。もちろん〈血流操作〉で身体強化と負荷を掛けながら。
いつも脳筋ジジイと二人きりでやっていた朝の鍛錬も可愛らしい掛け声が聞こえてくるだけでだいぶん雰囲気が違う。忙しなく裏口を行き来する使用人たちに声を掛けられつつも日課を済ませると、軽く汗を拭って朝食だ。
「いただきます」
「いただきます!」
鍛錬をするのが日常化してからは食べる量が異常に増えた。始めた頃は気持ち悪すぎてまともに朝食を食べるのすらままならなかったというのに、今では十分に食べないとその日一日の身体の動きが鈍くなるので朝が一番量を食べる。
────この後も鍛錬はあるしな。
一度目の人生では考えられなかった量の食事をすることで毎日料理を作ってくれる料理人たちの負担は増えたはずなのだが、どうしてか彼らは以前よりも料理を作ることに注力している。最近ではいつもより食べる量が少ないと「大丈夫ですか坊ちゃん!?」と心配してくる始末だ。いつも食べてる量を当然のように把握されてるのは少し怖かった。
「ごちそうさまでした」
いつも通り家族全員で朝食をすませれば今日の午前は自由である。座学は休息日で、そんな日は決まって駐屯所で騎士たちの訓練に交じるのが常時となって来ているが今日は爺さんが珍しく別件で仕事があるらしいのでそれもなしだった。
「ちゃんと仕事してたんだな……」
本当にいつも暇なのかと思ってしまうくらいに付きっきりで鍛錬を見てもらっているので半信半疑であったが、あの爺さんはしっかりと王国騎士団の指南役であるらしい。久方ぶりの本当の休息日に途端にどうしようかと手持無沙汰になる。
いつも忙しなく鍛錬やなんだと体を酷使し続けて色々と不満やら愚痴が出てくるが、かと言って急に「休め!」と言われても困惑してしまう。
「どうしますかお兄様?」
「そうだなぁ……」
アリスの期待の混じった眼差しに、今日は彼女に付き合うかと予定を決めようとしていると不意に嫌な声が聞こえてきた。
「レイ!レイはどこ!?」
「あ!フリージアお姉様の声です!」
「……」
執拗に呼ばれる声に俺は思わず天を仰ぐ。気が付けば声の発生源が背後まで来ていた。
「ここにいたのねレイ! 今日こそは絶対に貴方に勝ってやるんだから!!」
「また来たのかよ、フリージア……」
公爵令嬢フリージアとの決闘、そして謎の宣戦布告を受けてから、流れで頷いたはいいがそれからと言うものの彼女はこうして度々ブラッドレイ家に来るようになった。
目的は勿論、俺を負かしに来たのだとか(フリージア談)。一度目の人生では年に一回、二回も顔を突き合せれば相当珍しかったというのに、二度目の今回は酷ければ週に一回、最低でも月一回は会いに来るようになった。しかも毎回、異様に実力を付けてだ。
────こんな
いや、どちらかと言えば彼女は知的で策略とかを立てるのが得意な参謀型。決して自らが先陣を切って戦場にその身を突っ込むタイプではなかった。
なにが彼女をここまで変えてしまったのか?
その理由は単純明快で
「今月はもう3回目だぞ、勘弁してくれ……」
あまりにも多すぎる来訪は俺の新しい悩みの種であった。
「それじゃあさっそく決闘よ!」
「何が「さっそく決闘よ!」だ。ふざけるな、俺は今からアリスと一緒に優雅な休息日を過ごすんだ」
「んなっ……なによそれ!羨ましい────ッ!!」
「そういうことだから日を改めてくれ」
既にフリージアに対しては丁寧な対応は止めた。もうなんかこのまま頑張っても彼女との仲を修繕できる未来が見えないからだ。なんなら一度目の時よりこじれてる気がする。これは本気で無理だ。
「本当に人生って上手くいかないことばかりだよな」
「なんの話ですか?」
「いや、いいんだ。アリスには難しかったね」
可愛らしく小首を傾げるアリスに癒されて、俺は依然として「決闘をしろ!」と駄々を捏ねる戦闘狂系お嬢様をどう追い払うか思案する。
今回の人生でじゃじゃ馬に成り代わった彼女を家に返却するのは骨が折れる作業であり、折角の休みだというのに全く気が休まらない。気分が下がっていくのを実感していると、またしても誰かが俺の名前を呼ぶ。
「レイ! レイはどこだ!!」
「今度はフェイド叔父様です!」
「……」
誰かと言うのはその声を聴いただけで分かる。分からないはずがない────クソジジイだ。
────仕事に行ったはずでは?
どうして王城に行ったはずの爺さんが屋敷へと戻って来ているのか、その理由など知らないし、知りたくもない……が声はどんどんとこちらへ近づいてくる。こういう時は大体碌でもないことを急に始める時だ。嫌な予感にしかして無視するわけにもいかないので依然として騒ぎ立てているクソジジイのもとへと向かう。
「はぁ……」
「おうレイ!ここにいたか」
玄関に赴くと爺さんは何やら急いでる様子だった。珍しいそんな爺さんに俺は首を傾げる。
「どうしたんだよそんなに騒いで……ついに仕事をクビにでもなったか?」
「んなわけあるか! 今日はお前に嬉しい話を持ってきたぞ!!」
「うれしい話?」
彼の意味深な物言いに俺の他にも後ろをついてきてたアリスとフリージアも首を傾げる。
「おお、アリスとフリージア嬢も一緒なら丁度いい。嬉しい話と言うのはな、今から騎士団の郊外訓練に参加するというものだ!!」
「……は?」
またもや唐突にとんでもないことを言い始めるクソジジイ。
「もちろん行くよな!」
しかもその答えは強制的に決められていた。そして彼が「行く」と言ったのならばそれは決定事項であった。
「は???」
俺には困惑することしかできない。
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