第15話 霜雪の令嬢

 庭園でのフリージアの唐突な宣戦布告によって俺はいつも鍛錬をしている裏庭まで連れ出されていた。


「どうしてこうなった……」


 最近、同じ言葉を言っているような気がするのは、どう考えても気の所為などではないだろう。重苦しい雰囲気のお茶会に現れた救世主アリスによって、なんとかあの場は切り抜けられると思っていたのに本当にどうしてこうなった?


 いや、理由なんてのは分かりきっている。すべては過去の愚かな自分が悪いのだ。


「ご、ごめんなさい、お兄様……」


「なんでアリスが謝るんだよ。遅かれ早かれこうなることは何となくわかっていた……これは俺の落ち度だ」


「ですが……」


「本当に気にするな。ほら、危ないから離れてて」


「は、はい……」


 随分と責任を感じている様子のアリスを励まして、彼女は俺から離れる。すると今度は入れ替わるようにして父様と爺さん、そしてフリージアの父であるアイバーン公爵が俺のもとに来た。


「がはは! また面白そうなことをしているなレイ!!」


「レイ、これはどういうことだ」


「……」


 大変楽しそうに笑うクソジジイは無視して、俺はすぐに他の二人に頭を下げた。


「申し訳ありません、父様。すべては俺の不徳が招いたことであり、報復と言いますか……簡単に経緯を話しますと、フリージア様はアリスを俺から助け出したくて今回のようなことをすると仰られまして────」


「「……は?」」


「がはは! アリスを悪の手お前から助け出すか、本当に面白いことになってるじゃないか!!」


「少し黙ってろクソジジイ……」


 経緯を聞いても理解できない父二人と、本気で笑い過ぎて腹を抱え始めるクソジジイ。俺は本当にこんなことになって申し訳なくなりフリージアの父────アイバーン公爵に改めて謝罪をする。


「アイバーン公爵、こんなことになってしまい本当に申し訳ありません。今までの自分の愚行が招いたこととは言え、どうかフリージア様を止めていただくように口添えをしてもらえないでしょうか?」


「ふむ……そうしたいところなのだが、珍しく娘は本気のようでね、おとなしく相手をしてやってくれないか? もちろん、お互いに怪我がないようにね……〈比類なき七剣〉に一撃でも当てた君には不要な心配だろうがね」


「そ、そんなことは……わかりました。できるだけ穏便に終わらせてみます」


 どうにもアイバーン公爵も不要な手出しはしない姿勢だ。最後の頼みの綱が呆気なく手放された。ここまで言われれば決闘は免れないだろう。


「早く剣を取りなさい!まさか、怖気付いたわけじゃないでしょうね?」


 漸く状況を受け入れていると、既に準備を整えているフリージアが急かしてくる。俺たちが話し込んでいるうちに待たされるのが不満でしびれを切らしたのだろう。そんな彼女に俺は最後の確認として尋ねる。


「本当にやるんですか?」


「そう言っているでしょう! アリスは絶対に私が助けるわ!!」


「ですよね……」


 退く気の全くないフリージアに俺は内心で溜息を吐く。こんなに彼女が躍起になるのは珍しい。それこそ一度目の人生でこんなことはなかった。


 ────俺の中のフリージア・グレイフロストっていう少女は冷徹で、とても思慮深いイメージだったが……。


 まあ幼い頃の彼女は、俺がただ知らないだけで今のように熱く、突っ走る性格だったのだろう。二度目でようやく知ることのできた彼女の新しい一面に納得をしていると件のフリージア嬢が言葉を続けた。


「改めて確認よ。魔法の使用は自由、どちらかが戦闘不能になるか降参するまで決闘は終わらないし、周りからの介入もない。いいわね?」


「……はい」


〈決闘〉と言っても子供同士のモノと侮るなかれ、その取り決めはしっかりと大人同士で行う時と全く変わらない内容だ。それは偏に公平性を保つためでもあるが……何よりこれから行われるのが子供の「ごっこ遊び」では無いという証明であった。


「それじゃあ行くわよ────ッ!!!」


 綺麗な正眼の構えで碌な合図もなしにフリージアは急に飛び出してくる。まだ年端も行かない少女とはいえ流石は公爵家の令嬢と言ったところか、その動きは洗練されていて無駄がない。


「ほっ……!」


 すぐに眼前まで迫ってきた木剣を俺は難なく去なす。


 グレイフロスト公爵家、広大な領地を統治し、国全体の治安を維持することで国民からの信頼も厚い。そして代々、血統魔法プライマルマジックを受け継ぎ、数々の〈比類なき七剣〉を輩出している超名門家系である。その血統魔法【霜雪魔法フロストアーツ】は絶対零度であり一度でも捕まれば逃れることは容易いことではない。


 ────記憶が正しければ、まだフリージアは血統魔法を継承して間もない。基礎的な魔法しかまだ扱えないだろうし、それを戦闘に組み込めるほどの経験もない。


 侮るわけではないが、こちらがジルフレアの時のように全力を出してしまうと彼女に怪我を負わせてしまう。この一カ月の鍛錬で更に〈血流操作〉の練度にも磨きがかかっている。まだ血も魔力も全然温まっていないが、このぐらいならば問題ない。


 ついに朝練の素振りの本数は千を超えて、週に一度の休息日には駐屯所に赴いて騎士たちに交じって鍛錬も日課と化した。


 ────休息日とは?


 そう思わないでもないがそのお陰か最近ではだいぶん実践経験も積めていた。


「さすがはフリージア様、素晴らしい太刀筋です」


「ッ……何よその余裕そうな態度!ムカつくわね!貴方にとって私は本気を出すまでもないっていうの!?」


「いや、そういうわけでは……」


 勢いが増していく彼女の剣を素直に褒めるが逆にキレられてしまう。しかし、よくよく考えずとも今の俺の発言は上から目線だった。反省である。はっきり言ってフリージア嬢はいつも鍛錬している騎士たちや、クソジジイ、そしてジルフレアに比べれば弱かった。


 ────それでも侮るな。彼女には実力差を覆す一発逆転プライマルマジックがある。


「こんの……凍てつけ!!」


 俺の一撃が致命傷になりかねない決定的瞬間、最大の危機に瀕して漸くフリージアは思いだしたかのように魔法を発動する。それは基礎的な【霜雪魔法】の一つ〈槍氷〉だ。至近距離で放たれれば回避するのは難しい。


 ────ほら来た!


 しかし最初から来ると分かっていればどうということはない。


「甘いです」


「んな!?」


 顔面目掛けて飛んできた〈槍氷〉を素手でキャッチして握りつぶす。そのまま俺は至近距離まで間合いを詰めてフリージアのその白い額に渾身のデコピンをする。


「てい」


「いッ────!!?」


 デコピンにしては激しい打撃音とその威力にフリージアは目を剝く。軽く後ろ方向に飛んでそのまま彼女は地面をのたうち回り、一応反撃してこないように剣を突きつければ────


「まだ続けますか?」


「……参りました」


 潔く降参した。本当にものすごく悔しそうにフリージアはこちらを睨みつけてきる。


「はあ」


 その様子から俺は一息ついて、彼女に大した怪我もなくこの決闘を終えられたことに安堵する


 ────フリージア嬢の額は真っ赤だが致し方あるまい。


 依然として額を抑えて痛がっている彼女に申し訳なく思っていると父様たちが近寄ってくる。


「腕を上げたなレイ」


「話には聞いていたがまさかこれほどまでとは……」


「おいレイ!もっと本気でやらんかい!!」


「ありがとうございます」


 称賛してくれる二人の言葉を素直に受け取って、クソジジイは無視する。


 ────本気でやれるはずないだろうがクソジジイ……。


「お見事でしたレイ様」


「すごかったですお兄様!!」


「ありがとう二人とも」


 一緒に観戦していたカンナとアリスからも同じように褒めてもらうが、決闘の理由が理由なので素直には喜べない。釈然とせずにいると決闘を申し込んできたフリージア嬢が赤くなった額を冷えタオルで抑えながら近づいてくる。


「フリージア様、あの────」


「今度は絶対に負けないわ!だから覚えてなさい!!」


「え、あ、はい……」


 急な宣戦布告に「またやるのか?」と思わないではないが素直に頷いておく。言いたいことを言ってフリージアは従者たちのところへと戻ってしまった。こうして公爵令嬢(婚約者)の訪問は無事(?)に終わりを告げた。

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