第14話 お茶会
「……」
「……」
俺────クレイム・ブラッドレイと彼女────フリージア・グレイフロストがこうして顔を合わせることは実に珍しく、滅多に起きえないことであった。
理由は詳細に語る必要はないだろう。語ったとしても、聞いたとしてもそれは決して楽しい話なんかではない。ただ言えることはフリージア・グレイフロストと言う少女はクレイム・ブラッドレイのことをひどく嫌い、嫌悪し、恨み、そして殺したいとさえ思っている。
一度目の人生の彼女は本当にそうだった。
仮に幼い彼女が俺のことを「殺したい」とまでは思っていなくても、今上記した他のすべては思っていることであろう。庭園にある
しかし残念ながら一度目のクソガキなクレイムくんはゆったりとお茶を嗜んだり、綺麗に咲いた草花を愛でることなんてできず、決まってそのお茶会から抜け出して、公爵家の御令嬢に数多の悪戯をけしかけて遊んでいた。
近くにある花たちを片っ端から引き抜いたり、それを投げて泥を飛ばして遊んだり、虫が嫌いな彼女に瓶一杯に詰まった色々な虫瓶を投げつけたりなどなど……。
────うん。今思い出したけど、普通にクソガキすぎるし、嫌われて当然のことをこれでもかとしている。
紅茶で喉を潤しながら過去の自分を叱責する。依然として仏頂面なフリージアとの仲をどのようにして修繕するべきか脳を酷使するが一向に妙案は浮かばない。
今日の天気は快晴、よく手入れされた庭園の花たちは水を受けてキラキラと輝いていてとても綺麗だ。このお茶会の為に庭師たちが血眼になって手入れをしていたのが思い返される。反して四阿には重苦しい空気と沈黙が場を支配していた。
「「……」」
お互いの後ろに控えた従者も実に気まずそうだ。なんならフリージアの従者はこちらに睨みを利かせている。
声を出せば殺されそうな雰囲気に同じく後ろで控えたカンナに助けを求めるが彼女は暗に「がんばってくださいませ」と目配せをするばかり。もしかしたらまだ俺は彼女や他の使用人たちから嫌われているのかもしれない。なんてことを考えていると徐にフリージアが口を開いた。
「今日はやけに大人しくて、お行儀がよろしいのですね? いつもみたいにここから抜け出して私に悪戯をしないのですか?」
「うっ……」
嫌味マシマシの彼女の言葉に俺は何も返せない。咄嗟にこれまでのことを謝ろうとするが、こちらを全く信用していない彼女にどんな言葉で謝罪しても信じてもらえないだろう。だからグッと自分が楽にないりたいだけの言葉を飲み込んで、ひたむきにゆっくりと彼女に向き合う。
そもそも、許してもらおうなんていう考えが烏滸がましい。それだけのことを俺はしてきたのだ。「まあ殺さないでおくか」と思ってくれるぐらいにフリージア嬢のご機嫌を取ることができれば重畳だ。
そう思考を切り替えて俺は重い口を動かす。
「なんと申し上げればいいか……最近は忙しくて(主に苦ジジイの所為で)こうしてゆっくりとできる日があまりなくてですね────」
「……それで?」
「────申し訳ありません、私と一緒ではフリージア様の気分を害してしまいますね、すぐに消えますね……」
無理だ。もうなんかこちらを見る目が怖すぎて正面から対峙するのすら怖い。トラウマが刺激されて今にも吐きそう。
「いえ、これも務めです。大人しくしてくださるならそれで結構」
「あ、はい……」
「……」
やけに聞き分けの良い俺を見て、依然としてフリージアは訝しむ。それは当然と言えば当然で、逆に何かを企んでいるのではないかと勘繰りを始める始末だ。しかしこちらとしては本当に慚愧の念とトラウマの再発によってグロッキーになっているだけで、今更策を弄してどうこうできるはずもない。
そんな不毛な読み合いが繰り広げられる中に無邪気な来訪者が現れる。それは俺にとってもフリージアにとっても救世主に違いなかった。
「お兄様! お姉様! アリスもお茶会にご一緒してよろしいですか?」
「も、もちろんだよアリス。よろしいでしょうかフリージア様?」
「え、ええ」
「ありがとうございます!!」
本当に助かった。満面の笑みで四阿にやってきたアリスのお陰で重苦しいかった場の雰囲気が完全に無くなったとまでは言わないが、少し和らいだ。内心で安堵していると、どちらの隣に座ろうか迷っている様子のアリスにフリージアが声を掛けた。
「アリス、いつものように姉の隣にいらっしゃい。その男の隣は危ないですよ」
「うぐ……」
本当の姉妹のように仲睦まじい二人。以前までは俺が自分勝手に抜け出したお茶会を二人で楽しむのが当然になっていた。しかし、今回は俺がいて、しかもアリスとは既に一度目の時のように関係が悪くはなく、普通の兄弟仲と言っても過言ではなかった。だからアリスの発言にフリージアは心底驚いた。
「うーん……久しぶりにお姉様の隣というのも捨てがたいのですが、最近のお気に入りの場所はお兄様の近くなのです!!」
「なっ!?」
「アリスぅ……」
俺の膝の上に勢いよく座ったアリスを見てフリージアは驚く。やばい俺の妹が本気で天使に思えてきた。なんだこの愛くるしすぎる生物は……あ、俺の妹か。
「ど、どういう事ですかアリス? 貴方、この男にされてきたことを忘れたわけでは……」
「忘れたことはありませんよ? でも、お兄様は今までのことをちゃんと謝ってくれました」
「そ、そうだとしてもそれだけで全てを許すことなんて……私なんかより貴方の方がこの男に……」
納得がいかない様子のフリージアは今度こそハッキリと敵意をむき出しにして俺を睨む。なんともトラウマを刺激される眼光ではあるがそれを上回るほどに俺は気まずさを覚えていた。
フリージアの怒りは全くその通りだと思うし、人間の感情とはそんな簡単なものではない。アリスが優しすぎるだけなのだ。
「貴方、いったいアリスをどんな言葉で誑かして……」
「た、誑かしたなんてそんな……」
実情としてはアリスの言ったことが全てなのでこれ以上俺から何か言えることはない。しかし、フリージアはアリスの言葉でさえ信じず、俺が何かしたのではないかと疑う。
────まあ。当然だよな。
本来は彼女の反応が普通なのだ。それと比べると俺の周りにいる人達は随分とお人よしだと思う。
「何をそんなに怒っているのですかお姉様? アリスは全くもうこれまでのことは気にしていないです」
「ッ……! 貴方が気にしなくても私は気にするのです! 私はこの男がこれまでしてきた蛮行の数々を決して忘れはしないし、許さない!!」
「っ!?」
朗らかな庭園には似つかわしくない怒号。フリージアの叫びにも近い怒声にアリスは驚いてしまう。
「あっ……ごめんなさい。私は決してアリスに怒ったわけでは……すべてはこの男の────」
「今日のお姉様、なんだか変です……」
そう言ってアリスは俺の胸に顔を埋めて視線を外してしまう。俺は無意識にアリスの震える身体を抱きしめ、図らずも妹を庇う構図になってしまった。そんな俺たちを目の当たりにした瞬間の、彼女のその表情を俺は忘れることはないだろう。
「────」
絶望したかのような、裏切られたかのような、悲しみに暮れるフリージアの表情を────そしてそれは次第に激高へと変わり、彼女は席を立って俺に宣戦布告をした。
「クレイム・ブラッドレイ!私と決闘をしなさい!」
「え?」
「貴方がどんな汚い手を使ってアリスを騙したのかは分かりませんが、彼女は絶対に返してもらいます!!」
そうして俺は唐突に公爵令嬢と決闘をすることになってしまう。
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