第3話 こっくりさん

 小学生中学年の頃、学校でこっくりさんが流行っていた。


 同時期にエンジェルさんや星の王子さまやらも流行っていたが、皆同じようなものだと認識している。


 近年見る怪談系の漫画などでは、硬貨を使う描写があり、恐らくそれが正しいのだろうが、学校にお金を持っていけないので、何をやるにも鉛筆でしていた。


 子供がやる遊びなので、中身はたかが知れている。


「Aくんの好きな人は誰ですか?」


 参加しているB子の好きな男子の名前を出し、皆で鉛筆を持つ手に力を込める。


 五十音が書かれている紙の上を鉛筆が少しずつ、けれど迷いなく滑り、B子の名前を示し、皆でキャーッと喜ぶ。


 子供たちは少し不思議な存在の力を借りて、自分たちの思いを正当化させ、満足を得る。


 友達同士で「AくんはB子ちゃんが絶対好きだよ」と言っても、いつも自分の味方をしてくれる友人が言うなら、段々ありがたみがなくなってくる。


 加えて、もしもAが別の女子を好きだという事が判明したなら、「絶対好き」と言い張った手前、気まずくなるだろう。


 その意味で、責任を持たない第三者――しかも架空の○○さんが言う事なら、皆無邪気に喜べるのだ。


 だが、「学校でこっくりさんが流行っている」と母に伝えた時、母は割と真剣な顔で忠告してきた。


「そういうのは遊びでやったらいけない。やめたほうがいい」


 その忠告を、私は「ふーん」で済ませ、スルーした。


 なぜなら、「どうして」かを説明されなかったからだ。


 けれどこっくりさんが何であるか説明され、「だからやめたほうがいい」と言われたとしても、好奇心旺盛な当時の自分たちは、痛い目を見るまでやめなかったかもしれない。


 当時の私たちは子供だったので、〝こっくり〟が何の意味を持つのか知らなかった。


 成長して調べれば〝狐狗狸〟さん――狐などの動物霊を呼び出して答えを求める、もとは西洋発祥のテーブルターニングという名前の占いの一種だと知った。


 しかし当時はそんな事、知るよしもない。


 今のようにネットがある環境でもなかったし、誰かが始めて流行りだしたので、自分たちもした。こっくりさん、エンジェルさん、星の王子さまが〝何〟であるかは知らない。


 当時の自分たちの動機を語るなら、その程度で終わる。


 ――皆がやっているから。

 それだけで私たちは学校の休み時間、放課後にノートを破って五十音と「はい」


「いいえ」を書き、鉛筆を滑らせて楽しんでいたのだ。


 その〝ただの遊び〟で何かが起こると思っていなかった。




 ある日、一日の授業が終わって〝帰りの会〟が始まる前、私は友人たちとふざけ、教室を走り回って追いかけっこをしていた。


 先頭は私、あとを二人が追いかけていた。


 教室の廊下側前には、OHP――オーバーヘッドプロジェクタが入った、白っぽい金属製の箱があった。


 時代が違ってOHPが何か分からない方のために書くと、教室を暗くして、OHPのライトで教室前方にあるスクリーンに、透明なフィルムに描いたものを写すものだ。


 私たちはそれで算数の図形の授業や、その他の授業を受けていた。


 友達とふざけて走り回っていた私は、教室の中心から廊下側に走り、前方に向かってキャーキャー言いながら駆けていた。


 ――その時、OHPの白い箱の上に、フワッと白いもの――、狐が浮かび上がった。


 ……ように思えた。


 一瞬の事だったので、今でも嘘か本当か分からずにいる。


 だが〝それ〟を見た瞬間、私は悲鳴を上げ、続く二人も悲鳴を上げた。


「見た!?」


「見た!」


 私が見たものを、本当に後ろに続く友人が見たのかも分からない。


 私はそう身長が高いほうではないけれど、先頭にいた人を超えてOHPの上に現れたモノを、果たして彼女たちが見られたのか……。


 分からないが、いわゆる集団パニックを起こした私たちは、そのあとしばらく動揺していた。




 そのあとは怖くなってこっくりさんをやらなくなり、特に怖い事は起こっていない……というつまらないオチになる。


 それでもあの時一瞬見たモノへの恐怖、驚き、トラウマは今でも覚えている。




 了

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