未来のお話25
サクリ従姉上の見合い相手に対し、あっさりと正体を明かしたマルディ。
不法入国の身だとか、接触が目的ではないとか色々言いたくはありますが、悩んだら面白そうなほうに舵を切るという信念に従った結果なのでしょう。
従兄としてはその信念に首を傾げざるを得ませんが、こうなったら乗り掛かった船。
成り行きを見守ると、相手もさるもので、マルディの自己紹介を聞いて目を丸くしたのもほんの一瞬。
すぐにニヤリと笑うと、じゃあ食事にしようかと俺達を先導して歩き出しました。
案内されたのは、こじんまりとした店。
出迎えてくれた老夫婦は、入ってきたのがラウドル殿だと気づくとすぐに奥の個室に通してくれます。
従弟がここからどう話を転がすのか。
小狂人のお手並み拝見、などと期待した俺が馬鹿でした。
「なるほど。サクリ様はそれほどの実力をお持ちなのか」
「ええ。しかし勘違いしないでいただきたい。確かに姉は粗忽でワガママかつ無軌道な人間ですが、その力を自らのために振るうことはありません。その力が振るわれるのは、オーレナングの森の魔獣と、我々ヘッセリンク伯爵家やその近しい者に悪意が向けられた時のみです」
なんのことはない。
初手から従姉上がいかに素晴らしい生き物なのかを滔々と説き始めました。
その瞳の濁りを見れば、よくない時のマルディだということがわかります。
こうなったら面倒でしかないのですが、なんと、話を聞くラウドル殿は楽しげに相槌を打つではないですか。
この時点で、俺のラウドル殿への信頼が天井を突破したことは言うまでもありません。
「今の短いやりとりだけでも、マルディ殿がサクリ様を尊敬していることは理解できた」
そんな言葉に、マルディが真顔で頷きます。
「世界広しといえども、サクリ・ヘッセリンクを最も尊敬しているのは私だと、胸を張ることができる程度には」
従姉上の狂信者かつ右腕であるステム殿が聞いたら戦が始まりかねない宣言ですが、そんなことは知らないラウドル殿が胸を張るマルディに拍手を送りました。
「素晴らしい。元よりヘッセリンク伯爵家との縁談を望んだのは私だが、そんな話を聞かされてはより高い意欲を以って見合いに臨まなければ」
そう言うと、突然瞳をぎらつかせるラウドル殿。
そんな義兄候補に、マルディが運ばれてきた酒を注ぎながら言います。
「しかし、驚きました」
「驚かせるようなことがあったかな?」
「文武両道、品行方正。お忍びで街に出ては様々な問題を解決し、老若男女から支持を集める伯爵家の三男坊。これが、私達が集めた貴方の噂です」
そんな胡散臭いにも程がある評価を聞いたラウドル殿が、杯に口をつけながら可笑しそうに肩を揺らしました。
「なるほど。よく調べられている」
「否定はされないのですね」
俺がそう尋ねると、うんうんと頷いてみせるラウドル殿。
「幼い頃から振る舞いには気を遣っているからな。レプミアの有名貴族が集めた情報がそれというなら、私の在り方が間違っていなかった証明だ。それもこれも、英雄ヘッセリンク伯爵家との縁を繋ぐため」
ヘッセリンクと縁を繋ぐため。
それを聞いて身を乗り出そうとするマルディ。
従姉上命なこの従弟にすれば、ヘッセリンクなら誰でもいいと聞こえたのかもしれません。
今にも魔力を練り始めかねないマルディを制圧すべく腰を浮かせたところで、ラウドル殿が落ち着けというように手のひらをこちらに突き出しました。
「子供の頃からの研鑽はどれもこれもヘッセリンクと縁を繋ぐためだったが、マルディ殿の話を聞いて俄然サクリ様への興味が高まった。せっかくの縁だ。私にサクリ様のことをもっと詳しく聞かせてほしい」
ラウドル殿、それはいけない。
直前まで魔力を練っていたマルディが、俺が口を挟む隙もない速度で義兄候補の横に移動すると、がしっとその肩を抱きます。
「よく仰った。今日は眠れないと思っていただこうか。いや、三日三晩は覚悟していただこう。貴方に姉を愛する資格があるか、試させていただきます」
三日三晩。
普通ならものの例えで使われる言葉だが、マルディに従姉上のことを語らせた場合、これが言葉のとおりになるから恐ろしいのです。
まさかそんな長丁場の語らいに付き合わされるとは思っていないだろうラウドル殿はというと、なぜか真剣な顔でこちらを見ていました。
「愛する資格、か。最近、愛とは何かずっと考えていた。ヘッセリンク伯爵家から、縁談を進める条件として唯一提示されたものだからな。だが、恥ずかしながら今日まで答えは見つかっていない」
「それはちょうどいい。姉のことを知れば、きっとそれがなんなのかわかるかもしれませんよ? 貴方は、ヘッセリンク伯爵家ではなく、サクリ・ヘッセリンクと見合いをするのですから」
マルディの言葉に、ラウドル殿が目を見開き、次いでため息をつきながら首を横に振ります。
「なるほど。私はヘッセリンク伯爵家に憧れるあまり、サクリ様のことを知る努力を怠っていたようだ。三日三晩だったか。望むところだ。愛の正体を掴むまで、付き合ってもらうぞ義弟殿」
言葉と共に差し出された右手を、がっしりと掴むマルディ。
「おやおや、気の早いことです。このマルディ、甘くはありませんよ? では早速始めましょう。まずは姉上の好きな食べ物から」
「その必要はないよ」
突然部屋に響いた女性の声。
「!?」
ラウドル殿が立ち上がって部屋を見まわすのとは対照的に、マルディは苦い顔で天を仰ぎました。
目の前に現れた黒い霧の正体を知っている俺も、マルディと同じ気持ちです。
「……盗み聞きとは、お行儀が悪いですよ? 姉上」
苦い表情のまま、マルディが霧に向かって声を掛けると、中から小柄な女性が姿を現しました。
もちろんその正体は俺の従姉であり、マルディの実姉。
そして、若くして『暴竜姫』の異名を与えられた魔獣の森の女王。
サクリ・ヘッセリンクです。
「コソコソと他国に不法侵入してる弟がどの口で言ってるの? エウゼも、巻き込んでごめん。ええっと、そちらがラウドル様かな?」
突然姿を現した従姉上の視線を受けたラウドル殿。
流石に取り乱すなりなんなりするかと思いましたが、一度首を振っただけで現実を受け入れてみせました。
「マルディ殿が姉上と呼び、エウゼ殿がそれを否定しないからには、貴女がサクリ様なのだろうな。お初にお目にかかる。ラウドル・リュンガーと申します」
そんな見合い相手の態度に目を細めた従姉上。
召喚主の肩に停まる漆黒の小さな竜も、いいじゃないか、とばかりにうんうんと小さく頷いている。
「ご丁寧にありがとう。サクリ・ヘッセリンクだよ。こっちは召喚獣のピーちゃん。よろしくね」
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