未来のお話26

 マルディがエスパール伯爵領に向かったという情報が複数のルートからもたらされてしばらく経ったある日の午後。

 愛娘であるサクリが一人きりで森に入ったと密……報告を受けた僕は、これまた供を連れずに森を訪れた。

 なぜ僕も一人かって?

 娘との貴重なマンツーマンでのコミュニケーションチャンスだからです。

 それはそれとして、幼い頃から良くも悪くもアクティブな娘だ。

 今回の縁談のために家来衆だけでなく弟や従弟まで汗をかいているとなれば大人しくしているわけがない。

 早晩動き出すだろうと思い、我が家の気配を消すのが上手いメンバーに様子を気にするよう指示していたのだが、ドンピシャだった。

 サクリに追いついたのは森の中層。

 娘の傍には巨大な漆黒の竜が佇んでいて、その足元には魔獣の死骸が転がっている。

 

「こんなところで一人で何をしているのかな? この不良娘。森に出る時には誰か供を連れて行けと、子供の頃から何度も繰り返しているはずだが」


 そう声をかけると、肩をビクッと震わせるサクリ。

 ゆっくり振り向いて僕の姿を認めると、露骨に愛妻似の顔を顰めてみせる。


「うえー。よりによってお父様に見つかるなんて。最悪だよ」


 お父様に知らせた犯人をとっちめてやる! とお冠なサクリ。

 しかし、僕に密告したのはガブリエとクーデルとシャビエルの三人だ。

 隠密行動を三人に見つかっておいてとっちめるも何もないとパパは思うなあ。


「ちなみに僕に見つかるのが最悪なら、誰に見つかるのなら良かったか聞かせてもらおうか」


「お父様とお母様以外なら誰でもよかったかな。お願い、見逃して! って拝み倒したら許してくれそうだし」


 実際に、お願い! とポーズを取って見せるサクリ。

 そんな愛娘を見て、思わずため息が漏れる。


「前々から思っていたのだが、家来衆全員サクリに甘過ぎないか?」


 一人くらいびしっ! と言って聞かせる人間がいてもいいと思うんだ。

 

「昔、ジャン爺が言ってたよ? お父様に比べたら僕のやんちゃくらい笑い話の範囲だって」


 ジーザス。

 そんなわけがないだろう?

 

「お前のことは目に入れても痛くないほど可愛いが、その点については遺憾の意を表明する。僕は感情に任せて森を削り取ったりしたことはない」


 もう何年も前になるが、エイミーとの母娘喧嘩で家出的に森に飛び出したサクリ。

 その際、召喚主の昂った感情に呼応したどこかの次元竜さんが、その能力を以って森の一部を消し飛ばしたことがある。

 その後、速攻でエイミーに捕まったサクリはお尻ぺんぺんされて泣いて謝ってたな。


「僕だって、他所の国の王様を殴り倒したことはないけどね」

  

 ふっ。

 その札を切るのは悪手だ。


「他所の国の王を殴り倒した実績なら、エイミーの方が遥かに上だぞ?」


 そんな素敵な事実を伝えると、サクリがスッと目を逸らす。

 わかるよ。

 怒ったお母さん怖いもんね。

 

「それで?」


 話を本筋に戻すためにそう尋ねると、薄く笑ってみせる愛娘。


「言わなくたって、僕が何をしようとしてるかお父様ならわかるでしょう? 僕達、国都方面では似たもの親子って呼ばれてるらしいよ?」


「愛する娘の口から聞かせてほしいという親心さ。あと、僕達を初めてそう呼んだ者に褒賞を与えたい気分だ。誰か分かったらぜひ教えてくれ」


 娘が自分に似てるなんて言われて喜ばない男親がいるだろうか。

 ヘッセリンク伯爵として、素敵な呼び名を広めてくれた人物に直接報いたい。


「陛下だってさ」


「より苦さを増すよう改良した濃緑菜を献上するとしよう」


 はい、解散解散。


「それで、やはり北に向かうつもりか?」


「そうだね。家来衆のみんなが頑張って舞台を整えてくれているのもわかってるし、マルディだって僕のために動いてくれていることも理解してる。でも、待ってるだけなんて、柄じゃないなって思ったんだ」


 出番はまだなのに、早く舞台に上がらせてくれと小さな体に魔力を漲らせるサクリ。

 

「主役が早めに活躍しすぎる物語は、中弛みしてしまうぞ?」


「それならそれで、僕と先方には縁がなかったってことでしょ? なら、早めに終わらせた方がみんなのためだよ」


 縁がないことが分かり次第巻いて終わらせてくることも辞さない、と。

 普通なら絶対NOだ。

 貴族の縁談なんて、下準備と根回しと妥協点の探り合いを重ねるだけ重ねて、さらにもう一段重ね上げてそろそろ崩れるぞというタイミングで主役が登場するものだからね。

 ただ、言い出したら聞かないのが僕の可愛い愛娘。

 あと、サクリが直でアルスヴェルに乗り込むのは、個人的には面白いことが起きそうな予感がする。


【元から止める気なんてない癖に。構い過ぎて母方のお祖父様のようになっても知りませんよ?】


 それはいけない。

 二人きりのコミュニケーションの場が貴重過ぎてはしゃいでしまったようだ。


「ふむ。わかった。行ってこい。エスパール伯には、息子が国境侵犯を企てているから便宜を図ってくれと頼んである。上手く事が運んでいれば、マルディはアルスヴェルに到着している頃だろう」


 サクリ最大の能力にして、王様にも伝えていないトップシークレット。

 それが、ピーの力を使った瞬間移動。

 俗にいうワープだ。

 もちろん様々な制限や使用後の副作用はあるが、目の前にいる稀代の召喚士はそれを使いこなすことができる。

 理屈?

 知っている人間の魔力をディメンションドラゴンの力で捕捉し、それを追って飛ぶらしい。

 娘が意味わかんないレベルでチートな件。


「……そういうところが極まった狂人って呼ばれてるって、自覚ある?」


 そういうところがどういうところかわからないけど、とりあえずお母さんそっくりの顔で皮肉げに唇を歪めるのはやめてもらえるかな?

 

【私も知りたいので娘さんの質問に答えていただけますか?】


 コマンドのリクエストならやむなし。

 えーっと?

 Q.極まった狂人だという自覚はありますか?

 A.ありません。


「そもそも僕は自分が狂人だという認識自体ない。周りがそう呼ぶことに関しては、お前が生まれた頃から狂人脱却に向けた壮大な計画に取り組んでいるところだ」


 そう胸を張ると、サクリがコテン、と首を傾げる。


「それって、お父様自身が駄目にしてるあの計画でしょ?」


 ぐふぅ!?


【お嬢様からの言葉のナイフきたー!!】


 くっ!

 深々と胸に刺さりはしたが、まだ戦える!


「最近はお前とマルディが原因で駄目になっているとだけ言っておこう。さ、早く行け。何かあれば丸く収めてやるから、お前の筋書きで事を進めてみればいい」


 何かあれば、外交手腕を発揮して解決を図るだけだ。

 主にマルディが。


「ここまでお膳立てしておいて、それでいいの?」


 縁談をぶっ壊しかねない単独行動に目を瞑るどころか、エールすら送ってみせる僕にサクリが戸惑ったような表情を向けてくる。

 なあに、心配しなくてもいい。


「エリクス、デミケル、オライーにはそれぞれ不良娘が何もかもぶち壊す筋書きも想定して動くよう伝えてあるからな。好きにやってみなさい」


 どれだけ盤面をひっ掻き回されようが、オライーが誑し、デミケルが宥め、エリクスが狙った場所に寸分違わず落とし込む。

 だから、どれだけ暴れても大丈夫だよと伝えると、サクリがあからさまに不機嫌です! というように頬を膨らませて地団駄を踏んだ。

 

「腹立つ!! いいよ、いつまでもお父様の手のひらの上で予想どおりにしか動けない深窓の令嬢じゃないってところ、見せてあげるからね!」


 お前が深窓の令嬢だった事実など一切ないよ? なんてことを口にしない程度にはデリカシーがあるつもりだ。

 母方の祖父なら100%口に出してただろうけどね。


「健闘を祈る。ピー。サクリを頼むぞ」


 親子の会話をジッと聞いていた次元竜が、僕の言葉に任せろとばかりにゆっくりと頷いた。

 

「よし。ああ、アルスヴェルではくれぐれもピーを小さくすることを忘れてくれるなよ? 大変なことになるからな」


「わかってる。じゃあ、行ってきます」


 そう言うと、魔力を全力で練り上げたサクリの前に漆黒の穴が現れる。

 どうやら、もうマルディの魔力を捕まえたらしい。

 手を振って穴に飛び込んでいくサクリの背中に、父として声をかける。


「気をつけて行け。ああ、夕飯はお前の好きな竜肉の唐揚げだからな。あまり遅くならないように」


「子供扱いやめて!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る