未来のお話17
僕のお見合いが本決まりになり、家中が色々と騒がしくなっている。
かといって、主役である僕に特段やっておくべきこともないから努めて普段通りに過ごしているつもりだったんだけど、妹分であるメディラが苦笑いを浮かべながら僕の頬をつついてきた。
「最近、ずっと面白くなさそうな顔をしてますね、サクリ様」
その指摘に思い当たる節がないわけじゃない。
だけど、素直にそれを認めるのもなんだかシャクなので誤魔化すように肩をすくめてみせた。
「そう? 別にそんなことないよ?」
「ふーん。どう思います? ステム姉さん」
僕のそんな態度を見たメディラが、側仕えを務めてくれているステムに問いかけると、軽く目を細めて浅く頷く。
「そうね。最近歩く速さが普段より一割ほど速いうえに、足音も気持ち大きい。さらにピーちゃんを喚ぶ声もやや低くなってることを考えれば、姫様が不機嫌なことは間違いない」
「流石は有識者だね。素晴らしい分析だ」
「僕でも気づかない微妙な動きから正確に気持ちを読み取るのはやめてくれるかな!?」
歩く速さ、足音、さらにはピーちゃんを喚ぶ声。
え、そんなことで僕の心理って把握できるの?
あとガブリエ。
有識者ってなにさ!?
「落ち着いて姫様。私は姫様の息遣い一つからでも姫様の感情を読み取れるよう特殊な訓練を積んでいる。あれだけわかりやすく身体中から不機嫌ですという雰囲気を出されれば、気付くなという方が無理」
「息遣いだけで!?」
それを聞いてどう僕は落ち着けばいいのかな!?
信じられないようなものを見る目を向けてみたけど、なぜかニヤリと笑みを返し、堂々と胸を張ってみせるステム。
「それくらいできなければ、狂信者を名乗る資格はない」
「もういいよ……。まあ、確かにそうだね。不機嫌ってほどじゃないけど、なんだかモヤモヤするなあってさ」
息遣いで全てを把握されてしまうなら隠しても仕方ない。
諦めるようにため息をつきながら正直な気持ちを吐露すると、ガブリエが僕の顔を覗き込みながら言う。
「それは、お見合いのことかな?」
「うん。いや、お見合い自体は別にいいんだ。僕も貴族の娘だし、いつかこういう日が来るのはわかってたからね。ただ、お見合いするにしてはみんなが慌ただしすぎるというかなんというか。そもそも僕に落ち着きがないから結婚させて落ち着かせようかっていう出発点どうかと思うというか」
失礼しちゃうよね!
確かに僕はもうすぐ二十半ばにしては粗忽者だし、何かっていうと腕力に訴えがちだし、同世代の娘さん達と比べて落ち着きがないかもしれないけどさ。
「嫌なら断ってもいいんでしょう? 気楽に会うだけ会ってみたらいいと思うんだけど」
メディラはそう言ってくれるけど、貴族同士がお見合いして、ご縁がありませんでしたで終わることなんてほぼないらしいからね。
レプミア国内だったらヘッセリンクだから仕方ないで済むかもしれないけど、相手が国外の家だからなあ。
「あと、なぜか家来衆のみんなだけじゃなくてマルディがこそこそ裏で動こうとしてるっていうのも気になる」
粗忽者のお姉ちゃんのことなんか気にせずに国都でアドリアとイチャイチャしてればいいのにさ。
「それは動くでしょうね。サクリ様に縁談が持ち上がったのに、マルディ様とステム姉さんが動かないわけがないし」
そんなメディラの言葉を聞いたステムが何度も深く頷いた。
ステム自体は特に動いてる感はないけど、その旦那さんであるデミケルがいつにも増して忙しそうにしているから、恐らく奥さんの意向を受けて色々動いてるんだと思う。
「それにしても、よく若様の動きなんて把握できたね」
「メロから早馬で文が届いたよ。マルディが裏街衆に檄文を飛ばしたあと、みんなが止めるのも聞かずに単騎でクリスウッドに向かったってさ」
オドルスキとアリスの娘メロは、国都の屋敷でメイドとして働く僕の妹分であり、腹心の一人。
今回、マルディが大人しくしているわけがないと踏んだ僕は、その動きを逐一報告するようメロに頼んでおいたんだけど、案の定動いたってわけだ。
「おやおや。それは一応伯爵様の耳に入れておこうか。藪を突いて蛇が出るようなことになったら困るからね」
苦笑いを浮かべながら席を立ち、ひらひらと手を振りながら部屋を出て行くガブリエ。
それを見送ると、あらためてため息が漏れた。
「ただのお見合いだっていうのに、とにかくみんな騒ぎ過ぎなんだよ。向こうから断られる可能性だってあるのにさ。これだけ騒いでフラれたら、赤っ恥なんだけど」
さっきは貴族同士がお見合いして、ご縁がありませんでしたで終わることなんてほぼないらしいとは言ったけど、ほぼないだけで、もちろん全くないわけじゃない。
こっちがいいなと思ったのに向こうから断られましたなんて、最悪じゃないかな?
しかも、お見合い結果は瞬く間にレプミア中の裏街に広まるわけでしょ?
嫌すぎる。
そんな未来を想像して両手で顔を覆った僕の肩をぽんっと叩いたのは、ステムだった。
視線を向けると、優しく微笑みながらゆっくりと頷きながら言う。
「そんなことになったら、私達が先方を滅するから、安心してほしい」
武力衝突のきっかけが僕のお見合い結果なんて、恥ずかしすぎるよ。
家臣に恵まれた転生貴族の幸せな日常〜閑話『未来のお話』〜 企業戦士 @atpatp01
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