未来のお話16
アドリアとメアリ兄さんに宣言したとおり、私は我が家に協力的なレプミア各地の裏街衆、そのなかでも国都より北に位置する貴族領に住む人々に情報提供を呼び掛けた。
彼らの持つ独自の情報網は馬鹿にできるものではなく、実際に父上が直接動くことになった事象においてもその解決に少なくない貢献を果たしている。
普通ならば、そんな頼りになる裏街衆から情報が上がってくるのを待ち、それらを精査し、父上に報告するのが筋だろう。
だが、事が事だ。
全て人任せにしてはいけないだろうという思いに駆られ、ヘッセリンク以外で最も頼りにしている人物のもとを訪れた。
「供回りも連れずに単騎駆けするなとか、来る前には手紙の一つも寄越しなさいとか言いたいことは複数ありますが、とりあえず色々おめでとう。マルディ」
急遽やってきた私を歓迎してくれたのは、十人中十人が美男子と唸るような美貌と、吸い込まれるような深い紺碧の瞳をもつ、無表情の男。
「ありがとう。お陰様で忙しくさせてもらっているよ。そちらは? エウゼ」
テーブルを挟んで向かいに座るのは、従兄であるエウゼ・クリスウッド。
エウゼは、私の問いかけに温度を感じさせない声色で淡々と答える。
「特段変わりありませんよ? 父と母の関係も良好そのものです」
私の両親同様、叔父上と叔母上も愛に満ちた非常に素晴らしいご夫婦だ。
私もアドリアと正式に夫婦となった暁にはそうありたいと思う。
「それで? わざわざ俺に会いに来るなんてどういった風の吹き回しですか?」
「おや。従兄の顔を見にきてはいけないかな? 冷たくて涙が出てくるな」
わざとらしく涙を拭うふりをする私に、すうっと目を細めるエウゼ。
「伯父上でもあるまいし。俺に、人の顔を見るために遠出をしてくるような従弟はいませんよ」
父上なら、用事もないのに近くに来たついでに顔を出したなどと仰る可能性があることは否定しない。
そんなことを考えながら頷くと、目を細めたままの従兄が私の名を呼ぶ。
「マルディ。お前を相手に腹の探り合いをすることほど無駄なことはありません。やりたいことがあるなら言いなさい。協力できることはしてあげます」
腹の探り合いなんて、技術が上がれば上がるほど楽しいと思うのだけど、この従兄は昔から余計なことをしない主義だ。
本音と建前を使い分けるのを面倒臭がる貴族らしくない面があるが、今回は用件次第で手を貸してくれるらしいので本題に移ることにする。
「姉上に見合いが持ち上がった」
「へえ、あの暴れん坊の従姉上に。なかなか骨のある家ですね。もしかして、国内ではないのかな?」
「お察しのとおり。相手はアルスヴェル王国のリュンガー伯爵家の三男だ。私はこれから情報収集に着手するつもりでいる」
そこからさらに話を続けようとする私を、従兄が少し待てというように身振りで止めた。
「聞いておいてなんですが、それは俺に話してもいい情報ですか? 勝手をして伯父上に叱られるのはごめんですよ?」
「大丈夫。父上が私に伝えたということは、どこにどんな広まりかたをしても構わないという意思表示だから」
「信頼されていますね。小狂人なんて呼ばれ方が伊達じゃないのがわかります。俺の代になった瞬間にヘッセリンクに飲み込まれないよう、頑張らなければいけませんね」
相変わらず瞳に光を灯さぬまま、片方の唇を吊り上げて笑うエウゼ。
この笑い方こそ、彼にヘッセリンクの血が流れている何よりの証拠だと言われているらしい。
「思ってもいないことを。まあいい。エウゼ、折り入って頼みがある。一緒にアルスヴェル王国まで来てもらえないか。リュンガー伯爵家の方、つまりは義兄候補だが、姉上の見合い相手というだけではなく、上手くまとまれば婿としてオーレナングで生活をすることになる。その為人を探るのに人伝いに聞いた情報だけでは」
万が一、義兄候補が良からぬ人物だった場合。
ヘッセリンク伯爵家だけではなく、オーレナングに住む家来衆達にも影響を及ぼすことを考えれば、今回に限っては自ら足を使って情報を集めたい。
シャビエルやメディラ、さらには他の弟妹達を動員することも考えたが、私のわがままで彼らの仕事を止めることは憚られたため、他に頼れる人間はと考えた時、真っ先に思い浮かんだのがこの従兄の顔だ。
エウゼの仕事なら止めていいのかという議論もあるだろうが、断られたら単独行動と洒落込むことも選択肢に入れてある。
「自ら動くなんてお前らしくないですが、サクリ従姉上が絡むなら仕方ない。断ったら一人で動くつもりでしょうし、いいでしょう。付き合いますよ」
「エウゼが忙しいことも、他国に向かうことが難しいこともわかっている。ただ……、ん? 今、いいと言ったか?」
この無表情の従兄を口説くために考えてきた言葉を繰り出す準備をしていた私は、思わず間の抜けた声でそう聞き返してしまった。
これを亡くなった師匠に知られたら、下手くそ! と、とんでもない雷を落とされたことだろう。
「ええ、確かに承知という意味を込めていいですと言いましたよ? 東西南についてこいと言われれば多少検討しなければなりませんが、アルスヴェルなら我が国との関係は良好です。父も止めはしないでしょう」
あくまでも淡々と、事実だけを述べるような口振りのエウゼ。
昔から、特に学生時代には何度となくこんな風に味方をしてもらったことを思い出した。
「うちの父ではないのだから、叔父上は多少止めると思うが」
二十も幾つか越えたというのに相変わらず従兄に頼っていることが急に恥ずかしくなり、照れ隠しでそんなことを口にすると、ゆっくりと首を横に振ってみせる。
「問題です。暗殺者組織に二人きりで殴り込みをかけるのと、友好国への二人きりの旅行。さて、どちらが危険でしょうか?」
これは、世に言う『ヘッセリンクの悪夢』という事件を揶揄しているのだろうが、主役である父親達が一切反論できないのは想像に難くない。
「あまり親のヤンチャを交渉材料に持ち出すのは行儀の良いことではありませんが、他でもない可愛い従弟の頼みです。準備を整えましょう」
そう言って、ようやく今日初めて微かに頬を緩めたエウゼに、感謝を伝えるために深く頭を下げる。
「助かる。では、こちらの準備が整ったら改めて連絡しよう。そうだな。エスパール伯爵領の別荘地ででも待ち合わせることにしようじゃないか」
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