未来のお話15

 サクリ様の縁談が進められることが家来衆全体に発表された数日後。

 私ことアドリアは、伯爵様の指示でメアリさんとともに国都のマルディ様のもとに出発しました。

 伯爵様の側近であるメアリさんが重要事項の伝達役に指名されるのはわかりますが、なぜ私も? 

 そう思って人生の師匠であるクーデルさんに尋ねると、こんな答えが返ってきました。

 

『伯爵様がアドリアを国都に送る理由? 貴女と若様がともに過ごす機会を増やすため。それ以外にあるかしら?』


 確かにマルディ様にお会いしたい欲は日に日に高まっていたところでしたが、まさかそんなご配慮をいただけるなんて。

 伯爵様への感謝を胸に、まずはお役目をしっかり果たさなければと気を引き締め、マルディ様への報告に臨みます。


「姉上に縁談!? それは、本当ですか!?」


 国都のお屋敷にあるマルディ様の執務室。

 挨拶もそこそこに行われたメアリさんからの報告にマルディ様が驚きの声をあげました。

 普段あれだけ冷静なマルディ様の表情をここまで崩すことができるのは、世界広しと言えどもサクリ様だけですね。


「ああ。アルスヴェル王国のリュンガー伯爵家。そこの三男だとさ」


 そんな反応は織り込み済みだとばかりに説明を続けるメアリさん。


「アルスヴェル。リュンガー伯爵家。三男。なるほど。……よろしいのではないでしょうか」


 具体的な縁談相手の情報を聞いたマルディ様は、目を瞑りながら相手先の名前を呟くように復唱し、浅く頷きました。

 

「お? 意外と冷静だな。泣き叫んで暴れるくらいはすると思ってんだけど」


 正直に言うと、私もその可能性はあると思っていましたので、あっさりと受け入れた愛する人の態度は意外でした。

 そんな私達の胸の内が伝わったのか、マルディ様が肩をすくめます。

 

「前に父上にも伝えましたが、私が姉上を慕っているのはあくまでも姉として、そしてヘッセリンクとしてです。あの人のような女性を理想としてはいませんよ。私は幼い頃からアドリア一筋ですから」


 突然そんなことを言われて、一気に顔が熱くなるのがわかりました。

 この発言に私を喜ばせようとかそういう意図はなく、ただただ事実を述べただけだということはわかっているのですが、不意打ちは反則です。


「なんだ。だったらわざわざ俺が来る必要もなかったじゃねえか。いや、お前が暴れた時に抑え込める人間のほうがいいだろうって」


「誰がそんなことを」


「お前の親父だよ」


 メアリさんの答えを聞いたマルディ様が天を仰ぎ、次いでとてもとても渋い表情を浮かべました。


「ちゃんと説明したのに信じていただけてなかったのですね。非常に、遺憾です」


「親にも信じてもらえねえ程度にはお前が姉ちゃん大好きっ子だってこった。ま、そういうことだから承知おいてくれ」


 軽い調子でひらひらと手を振るメアリさん。

 マルディ様も心得たとばかりに頷き、笑みを浮かべてくださいました。


「ええ、問題ありません。北側にもう少し伝手が欲しかったところですし。エスパール伯領の人間に情報を集めるよう依頼しておきます」


 風向きが変わりました。

 サクリ様の縁談を進める話だったはずなのに、なぜか北で情報収集を開始すると仰るマルディ様。

 仕事は終わったとばかりにソファーに沈み込んでいたメアリさんも、そんな発言を受けて眉間に皺を寄せながら座り直します。


「おいおい。なんの情報集める気だよ」


「そのリュンガー伯爵家の三男とやらの為人や評判ですが? もちろんオーレナングでも同じ動きを取るでしょうが、次期ヘッセリンク伯爵として、姉上の夫が万が一にもおかしな人間や歪んだ常識の持ち主では困りますからね。次期ヘッセリンク伯爵としてその人物の詳細な情報を収集して分析し、そのうえで何かしらの瑕疵があれば速やかに父上に報告して然るべき措置を講じるのもまた次期ヘッセリンク伯爵としての当然の責務であり」


「マルディ様。お戻りください」


 止まらなくなったマルディ様の背後に移動し、その脳天に拳を振り下ろします。

 角度も威力も我ながら完璧です。

 

「ああ、ただいまアドリア。申し訳ありませんメアリ兄さん。ははっ、少し疲れているのかな」


「ぐっすり寝て起きた後でもお前はそんなんだろうよ。ま、相変わらずで安心したぜ? 家継ぐのが決まって、アドリアとの結婚も確定。変に気張ってないかみんなで心配してたからな」


 そんな愛と優しさに溢れた言葉を受けたマルディ様は、なぜか嬉しさと戸惑いが混ざったような複雑な顔でため息をつきました。


「気にかけてもらえるのは嬉しいのですが、今のを見て安心されるのは痛恨の極みですが」


「私は、ああ、これぞマルディ様だわ! という思いで胸が一杯になりましたよ?」


「アドリアがそう言うならいいか」


 そう言って微笑みかけてくださるマルディ様。

 ああ、好き。

 

「急にいちゃいちゃするんじゃねえよ。もう少ししたら席外してやるから後にしてくれますかね?」


 今でも急にクーデルさんといちゃいちゃし始めるメアリさんに言われるのは心外ですが、このあとマルディ様と二人きりになれるなら良しとしましょう。


「失礼しました。ああ、失礼ついでに父上にお伝えください。私は私で人を使ってリュンガー伯爵家の周りを調査させていただくと」


「あ? 調査するって、冗談じゃなかったのかよ」


 メアリさんの問いかけに真剣な顔で頷くマルディ様。

 

「知らない先ではありませんし、父上と先方の当主様は懇意にしているはずですから滅多なことはないと思いますが、念には念を入れて」


「お前が動くと裏街界隈がざわつくから大人しくしておいてほしいんだけどなあ」


 メアリさんがそう言うのも仕方ありません。

『小狂人』マルディ・ヘッセリンク。

 その一番の手札は、レプミア全土の裏街に住む人々と、彼らによって張り巡らされた情報網です。

 マルディ様が号令を掛ければ、人相の悪い男達が一斉に動き出すでしょう。


「世間を騒がせたいわけではありませんし、今回は身内のことです。ざわつきが最小限になるよう手を尽くしますよ。『裏街宰相』さんにも協力していただければ、おかしなことにはならないでしょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る