未来のお話18
国都の端っこにある、お世辞にも品行方正とは言えねえ人間が集まる地区。
普通なら貴族の家来衆が近寄る場所じゃねえが、俺みたいなもんには、この剣呑な空気が漂ってる場所が主戦場だ。
あんまり好きになれねえ二つ名も、こういう街の外れ、俗に言う裏街に強えから付けられた。
『裏街宰相』
兄貴分達にはお似合いだって言われるが、俺は先代ロソネラ公に見つけていただいた時から表の人間であって、裏側とは距離を置いてきたんだ。
なのに、人生ってのは不思議なもんで、生まれた時に背負った業ってやつからは逃れられないらしい。
「『宰相』殿。とりあえず頼まれた件、まとめといたからよ。あとはそっちで好きにしてくんな」
俺に負けず劣らず人相の悪い、やたらと棘のついた服を着た男が、裏街の往来で堂々と紙の束を押し付けてくる。
見た目はただのチンピラだが、何を隠そう国都の裏街を、そしてレプミアのそちらの同業者を仕切ってる親父だ。
歳は俺よりだいぶ上のはずだが、まだ下のもんに席を譲るつもりはないらしい。
「親父、宰相って呼ぶのやめろっつってるだろ。本物に聞かれたらどやされるだけじゃ済まねえぞ」
「構いやしねえよ。上に知られたってどやされるのはあんただからな。俺達みたいな末端のもんまでお叱り受けるほど、表の宰相さんは暇じゃねえさ」
まあ、トミーの旦那はちょっとやそっとじゃ腹立てたりしねえし、多忙なのも間違いねえが、あまり煽るような真似はしたくねえ。
普段全然怒らねえやり手に火がついた時が、一番やべえんだ実際。
「話が逸れたな。で? どうだった。リュンガー伯爵家の坊ちゃんの評判は。ひっくり返るような黒い噂とか、聞こえてこなかったかい?」
俺がわざわざ国都まで出張ってるのは、レプミアの北半分の裏街衆に出した、サクリ様の見合い相手の評判を洗い出せっつう指示に対しての回答を聞くためだ。
全部の裏街回ってたらキリがねえから、ワガママ言って国都で集約してもらったってわけ。
「黒い噂なんてとんでもねえ。評判は良好も良好、大良好よ。品行方正で文武両道。老若男女から愛される好人物。一片の曇りもねえ完全無欠の白。それがラウドル・リュンガーの評判だ」
なんだ?
その絵に描いたような胡散臭え人物像は。
完全無欠の白どころか、逆に真っ黒じゃねえか。
俺の表情が面白かったのか、親父が肩を揺らしながら笑う。
「くっくっく。まあ、そうなるよな。ただ、どこで、いつ、誰に聞こうがいい評判しか聞こえてこねえらしい。ここまで来ると、だいぶ怖えよなあ」
考えられる可能性はいくつかある。
本物の善人か、諸々隠すことに長けた悪人か。
はたまたそのどっちでもないか。
「あー、めんどくせぇ」
思わずため息と共に本音が溢れた。
何が面倒ってステムの反応だ。
これでリュンガー伯爵家の坊ちゃんがとんでもねえワルだった場合。
……あ、我が妻ながら、暴れた後の事後処理を想像したら膝が震えるわ。
妻のことは愛しちゃいるが、何が起きてもぜひ自重してほしいもんだ。
「大変だな勤め人は。あんたならいつでもこっちで仕事できるだろ。ヘッセリンクの家来衆辞める時は、歓迎するぜ?」
裏街に戻って来いってか?
無理だろ。
表にいる時間が長過ぎて、まずは正攻法から検討する癖が付いちまってるし。
それに。
「楽できるって夢見てヘッセリンクやめた瞬間、マルディ様やエリクスさん、オライーあたりが向こうに回るんだろ? ごめんだね。安心して眠れる日がぐっと減るわ」
今のヘッセリンクに搦手でこられたら敵わねえし、単純に伯爵様を敵に回すとかあり得ねえ。
「そんなに怖いかい? ヘッセリンクは」
「そりゃあそうだ。小狂人にヘッセリンクの頭脳。オライーは後輩だからまだマシだが……あいつはあいつで、な」
詳しくは言わねえが、へこたれもせずヘッセリンクに長年勤めてるだけはある。
変人の王道みてえな奴だからなオライーは。
その他にも敵に回したら厄介な兄さん姉さん方の顔を思い浮かべてげんなりしていると、親父が俺を指差して言う。
「俺達からしたら、その並びにあんたが加わるってのを忘れるなよ?」
俺が?
怖い?
まさかまさか。
ヘッセリンクの文官のなかじゃあ一、二を争う穏健派を捕まえてよく言ったもんだ。
「どう考えてもエリクスさんより優しいだろうがよ」
ヘッセリンクの頭脳とか呼ばれちゃいるが、あの師匠の後継者だ。
あの穏やかな狂犬に比べれば、俺の方がだいぶ優しいさ。
しかし、親父はゆっくりと首を横に振る。
「二人とも怖えさ。二人が揃うと、なお怖え」
これをエリクスさんに伝えたら、さぞ嫌な顔をするだろうよ。
面白そうだから帰ったらユミカにも教えてやろう。
お前の旦那、裏街衆から怖がられてるぞ、ってな。
「で? こっからどう動くんだい『宰相』殿。あんたのことだから馬鹿正直にまっすぐ乗り込んだりはしねえだろうが……」
「そりゃそうだ。そんな馬鹿なことしでかすのは若い世代だけさ。俺も筆頭殿も馬鹿正直に仕事する歳じゃねえからな。真っ直ぐな若者が突き進んで通りやすくなった道を、恥ずかしげもなく後追いさせてもらうつもりだ」
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