未来のお話14-6

 護呪符ドーピングで威力を増した火魔法を、まるでグランパのように連射して義父(仮)にダメージを与えようとするエリクスに対し、それらを丁寧かつワイルドに大剣で掻き消しながら、ジリジリと義息(仮)との距離を詰めていくオドルスキ。

 炎の弾幕で視界が悪い中でも関係なく、愚直に前に進む姿からは男親の意地をひしひしと感じる。

 しかし、もうすぐでエリクスに大剣が届くところまで距離が縮んだその時、突然オドルスキが大剣を取り落として後方に大きく押し戻された。


「珍しいこともあるものです。オドルスキさんが剣を手放すなど。何を仕掛けたのやら」


 ジャンジャックが驚きに目を丸くすると、当のオドルスキも自分の手を見つめながらエリクスに語りかける。


「……そういう使い方もあるのだな。予想を遥かに超える力と動きだ」


「昔、初めての氾濫に対応した際フィルミーさんにだけは切り札としてお伝えしました。他の皆さんは普通に使っていただくだけで十分な効果を得られるので敢えてお伝えしてませんが」


 名前を呼ばれた二代目鏖殺将軍に視線を向けると、心配そうにエリクスを見つめていた。

 

「フィルミー。エリクスがなにをしたかわかるか?」


「……ええ。当時の私でもぎりぎり竜種を討伐できたのはその方法のおかげですから」


 その時のことを思い出したのか、言いながら一つ身震いする。

 当時ジャンジャックに弟子入りしたばかりの駆け出し土魔法使いに竜種討伐を成功させた方法か。

 話の続きを促すと、フィルミーが浅く頷く。


「通常握りしめて使う札を、口に咥えて使用することでより高い効果を得ることができるのです。あの時はあまりに効果が高過ぎて身体中の魔力を持っていかれ、短くない時間起き上がることができませんでした」


 ああ、倒れて起き上がれなかったフィルミーをイリナが甲斐甲斐しくお世話してたんだっけ。

 

「それを今回は身体強化に回して剣を握る腕か拳辺りを狙い、ついでに一撃見舞って後退させた。まさか、あの聖騎士オドルスキから武器を奪ってみせるとは。お見事」


 ジャンジャックが今日何度目かになる称賛をエリクスに贈る。

 しかし、昏倒上等の裏技で得たドーピング効果を身体強化に回して凶器を奪うか。

 火魔法で事前に視界を塞ぐ丁寧な仕事っぷりもエリクスらしい。

 普通なら、というか、実力が近い人間同士なら効果抜群の作戦だろう。

 しかし、今行われているのは無差別級の異種格闘技戦だ。

 対戦相手の聖騎士は、残念ながら素手の戦闘も苦にしない。

 武器を奪っても攻撃力据え置きとか、理不尽の塊だなオドルスキ。

 

「火魔法、炎連弾っ!!」


 そんな理不尽さは百も承知だとばかりに、筆頭文官が火魔法による射撃を再開する。

 

「今更そんな炎が私に届くと思ったか!!」


 自らに飛来する炎に臆することなく、むしろ挑発するように両腕を広げるオドルスキに対して、エリクスがニヤリと笑う。


「思っていません、よ!」


 魔法を放ちつつ地面を蹴ったエリクスが、余裕を見せたオドルスキの土手っ腹目掛けて突っ込んでいく。

 炎は目眩しで、本命は自らの体を使ったぶちかましだ。

 体当たりのプロである僕の目から見ても完璧なタイミング。

 これは捉えた。


【プロの割にはまあまあ返されてる不思議】


 しっ!

 今いいところだから!


「いいぞ、そうだ! 腕力で劣るのだから頭を使え! 最後に立っていた者が強者だ!」


 鬼のような笑い声を放ったオドルスキが、ほぼ完璧に見えたエリクスの体当たりを真正面から受け止める。

 だめだ、体当たりは止められたら隙だらけに!

 案の定、離脱しようと体勢を崩した瞬間にオドルスキの鍛え上げられた拳がエリクスの腹部に突き刺さり、勢いのまま後方に吹き飛んだ。


「エリクスさん!! くそっ、伯爵様以上に容赦ねえぞあのおっさん!!」


 弾け飛んで地面を転がり、立ち上がれないエリクスを見てデミケルが悲痛な声を上げる。

 一方、親友であるところのメアリは思いの外冷静だった。

 

「落ち着けよ。何するかわかんねえ兄貴ん時よりどう考えても安心して見れるだろ。あれ、師匠が弟子に稽古つけてるだけだわ」


「あんたの親友血反吐吐いてるけど!?」


 どこ見てんだとばかりにメアリの肩を掴んで揺さぶるデミケル。


「いいとこで降参しちまう手はあったんだ。さっき大剣弾き飛ばした時とかな。それをまあ馬鹿正直に続行すりゃあ血反吐の一つや二つ吐くだろ」


 ジャンジャックが称賛したとおり、文官がオドルスキの剣を弾き飛ばすなんて十分な戦果だから、これが精一杯ですって申告して降参してもきっとオドルスキは認めてくれただろう。

 ただ、エリクスは真面目で、案外負けん気が強い。

 このくらいでいいか、で済ますことは、自分が許さなかったんだと思う。

 そんな親友の姿にメアリが苦笑いを浮かべながら、本当に仕方ない奴だな、とため息をついた。


「とはいうものの、兄貴。そろそろ止めろよ。流石にこれ以上は意味ねえだろ。ここまでやれた噂を流せば、よっぽどの馬鹿以外絡んでこねえさ」


「そうだな。あそこまで踏ん張れたのなら十分だ。オドルスキ!」


 そこまでだ、と言おうとしたその時。

 倒れたエリクスのもとに、オーレナングの天使が降り立った。


「エリクス兄様!!」


 担いでいた大剣をなんの躊躇いもなく投げ捨てたユミカが、周りなんか一切見えてないとばかりに動かないエリクスの襟元を掴んで激しく揺さぶる。


「大丈夫!? え、怪我してるよ!? 死なないで!! エリクス兄様!?」


 あまりの力強さにガックンガックン首が揺れるエリクス。

 あ、これ早く止めなきゃまずい。


「よしなさいユミカ。そんなに締めたらエリクスが本当に死ぬぞ? まったく、だいぶ早く到着したものだ。予定ではもう少し時間があると思ったんだがな」

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