未来のお話14-5

 地下の温泉で姉様達や妹達と楽しく過ごしていた時にリセからもたらされた急報。

 エリクス兄様がお兄様達に連れ去られたらしい。


「まさか、本当にエリクス兄様を攫うなんて! いくらお兄様とお義父様でも許せない!」


 確かに昔からお兄様が言ってた。

 私の結婚相手は、自分やお義父様を倒せる相手じゃないといけないって。

 そんな相手が現れたら、実地で手合わせするんだって。

 そのたびにメアリお姉さまが、どこにいるんだそんな化け物、って苦笑いしてたのも覚えてるよ。

 でも、まさか本当に実行するとは思わないじゃない!

 急いで家に戻って愛用の大剣だけを掴み、全速力で森に向かう。


「落ち着きなさいユミカ。まだ理由が判然としないわ。伯爵様のことだもの。何か深い理由がある可能性は排除できない」


 並走するクー姉様が、入れ込む私を宥めるように優しく声掛けをしてくれる。

 その一方で、ステム姉様と一緒にボークンに跨るサクリはその言葉に懐疑的だ。


「えー。お父様だからなー。多分可愛いユミカ姉様の伴侶になりたいならまずは僕達を倒してからだ! とか、そんな単純な理由だと思うけど」


 あり得る。

 悔しいけど、そんなことないよとは言ってあげられない。


「私も姫様の言うとおりだと思う」


「そうだよね? そう思うよね! 流石はステム。大好き!」


「ありがたき幸せ」


 サクリに後ろからぎゅっと抱きつかれて頬を緩めたステム姉様。

 だけど、この時はいつもの肯定だけでは終わらず、すぐに表情を引き締める。

 

「ただ……姫様のお父上はあのレックス・ヘッセリンク。楽しい面白いだけで動いてるように見せかけて、信じられない目的を同時に進めてる可能性も否定できない」


 ステム姉様の言葉を聞いて不満げに頬を膨らませるサクリを見て、私達と並走しているエイミー姉様が薄く笑う。


「ふふっ。サクリはレックス様への理解がまだまだ浅いと言わざるを得ないわ。そもそもレックス様は」


「あ、お母様のお父様評はあてにならないから大丈夫」


 母親であるエイミー姉様の言葉を途中で切って捨てるサクリ。

 誰もたしなめないのは、サクリの言葉が真実だから。

 気まずい沈黙のなか、エイミー姉様が悲しげに目を伏せて言う。


「クーデル。サクリが反抗期のようなのだけど。とりあえずお尻を叩いてみれば治るかしら?」


「それでよろしいかと」


「よろしくないよ!? お母様にぶたれたらお尻とれちゃう!!」


 クー姉様が流れるようにサクリを売り飛ばし、売り飛ばされた方は抗議の声を上げる。

 正直なところ、私には反抗期なんてなかったからサクリの気持ちはわからない。

 お義父様もお義母様も大好きだから。

 まあ、お義父様については今後考え直す必要があるかもしれないけど。


「冗談はさておき。ステムの言うとおり、サクリの予想が全く的外れだとは私も思いません。レックス様ですもの。むしろその部分がないわけがないわ。ただ、それをすることで何らかの成果が得られる。その可能性に思い至った結果エリクスを攫ったものだと推測します」


 エイミー姉様も、お兄様に面白いかどうかで物事を判断する悪い癖があることは否定しない。

 ただ、その部分すらどうしようもなく愛しているからやることなすこと肯定気味になる。

 そこにサクリが頭を抱えているんだけど、私は素敵なことだと思う。

 私も可能な限りエリクス兄様のしたいことには賛成したいし。


「エリクス先生を攫うことで得られる成果? んー。そんなものあるかな?」


 納得いかないように首を傾げるサクリ。

 その疑問に答えたのは、自他共に認めるサクリの狂信者、ステム姉様。


「今、姫様はヘッセリンク伯爵家の成果だけを考えてる。だけど、伯爵様が今回狙っているのは、おそらくエリクスとユミカのための成果」

 

「一理あるわね」


 ステム姉様の説明にクー姉様が頷き、エイミー姉様は笑みを深める。

 わかってないのは私とサクリだけ。

 私とエリクス兄様のために、エリクス兄様を攫った?


「ふふっ。今は考えなくていいのよ、ユミカ。なぜなら、私達がいくら頭を働かせても狂人レックス・ヘッセリンクの思考には到達できないのだから」


 ステム姉様がサクリの狂信者なら、クー姉様はお兄様の狂信者だ。

 お兄様の敵なら神でも殺すと言って憚らない美しい死神が、私を諭すようにそう囁く。


「そうね。私達にできることは少しでも早く目的を捕捉し、レックス様を問いただすことです」


 クー姉様の言葉に頷きを返しながら走る速度を少し上げたエイミー姉様。

 一刻も早くお兄様に会いたいだけなのかもしれないと思ったけど、私も早くエリクス兄様の無事を確認したいので速さを合わせる。

 

「僕は好きな人がお父様に攫われたら、一年くらい口聞かないけどなあ」


「安心してほしい。姫様に好きな人ができたら、事前に私が攫って色々確認したうえで結果をご両親に報告する」


 お兄様泣いちゃうと思うからやめてほしいなあと思っていると、ステム姉様が表情を変えず力強くそう宣言した。

 

「それ、僕は何を安心すればいいの?」


 お兄様がサクリの好きな人を攫わずに済むこと、かな?

 

「みんな、静かに。見えたわよ。……あらあら、これは、決闘かしら?」


 先頭を走っていたクー姉様が指差した先にいたのは、お兄様やメアリお姉様達。

 そして、お義父様と、傷だらけのエリクス兄様。


「オドルスキさん対エリクス? これは流石に厳しい。あ、ユミカ、待っ」


「エリクス兄様!!」


 血が出てるよ!?

 私の大切なエリクス兄様を傷つけるなんて!

 ゆ、許せない!!

 そう思った瞬間、ステム姉様の静止を振り切って飛び出してた。


「まったく、仕方のない子」


「私達の妹分は昔から思い込んだら一直線。まあ、そこが可愛いんだけど」


「ふふっ、そうね。では、それぞれ旦那様にお話を聞いたうえで、先のことを考えましょう」

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