未来のお話14-4

 私の前に立つエリクスは、燃え盛る炎を瞳に灯しながらも、お館様との激しい戦闘による疲労を隠しきれていない。

 しかし、あの頼りない、小指一本で息の根を止めることができそうだった若者がレックス・ヘッセリンクを相手に一歩も引かずやり合ってみせたとは。

 若者の成長には、いつも驚かされるものだ。

 

「……お前と試合うのはいつぶりだろうな、エリクス」


 こんなことで回復するとは思わないが、少しでも間をとってやろうとそう投げ掛けると、目を瞑って考える素振りを見せたあと、口を開いた。


「本格的にはもう三、四年機会をいただいていないかもしれません。なにぶんオドルスキさんはお忙しいですから」


 そんなに時間が経っていたか。

 精々一年程度かと思っていたのだが。

 私が忙しい理由は、ヘッセリンク伯爵家の筆頭家来衆という立場に収まってしまったからだ。

 魔獣討伐以外の細々とした仕事がまあ多いこと。

 その役目を仰せつかってからというもの仕事に忙殺され、それでも家族との時間だけは意地でも確保した結果、若手の指導まで手が回らなくなってしまっている。


「ジャンジャック様が筆頭の座を退かれた後、御鉢が回ってきてしまったからな。全く、まだまだ現役でいらっしゃるのに肩の荷だけ下ろされて」


 文句も言わずに目に見えず成果にもならない仕事を引き受けてくださっていたことには頭が上がらないが、もう少しその立場でいてくださっても良かったのではないかとほんの少し不満に思っているのはご本人には内緒だ。

 ついそんな愚痴をこぼすと、エリクスが肩を揺らしてくすくすと笑う。


「メアリさんにその御鉢を回していただく日まで頑張っていただかないといけませんね。微力ながらお力添えいたします」


 今や目の前の男はヘッセリンクの頭脳と呼ばれる、筆頭文官だ。

 引退されたハメスロット殿を彷彿とさせる働きぶりでお館様をよく補佐し、デミケルを始めとした同僚達からの信望も篤い。

 

「……逞しくなったものだ。過去の私に、エリクスがこれほど男として分厚くなるのだと言って聞かせても信じてはくれないだろう」


「ヘッセリンク伯爵家の家来衆に加えていただいてだいぶ経ちましたし、その間、本当に色々ありましたから。いくら自分が軟弱でも、多少分厚くならなければ嘘かと」


 笑顔を苦笑いに変えて首を振るエリクス。

 色々、か。

 確かにそうだ。

 そしてその色々が、この男をヘッセリンクの未来を牽引する猛者の一人に成長させたのは間違いない。


「それはそうと、いまだにあの構えを取るのだな。基礎の基礎のそのまた基礎でしかない、ブルヘージュの新兵が真っ先に叩き込まれる型だというのに」


 お館様との戦闘でエリクスが見せた構えは、それこそ彼が二十代前半の頃、私が最初に教えたもののままだったのだ。

 先代サルヴァ子爵様に師事しているというのに不思議なものだと思って尋ねると、まるでそれが当然というような自然な動きで構えをとってみせる。


「オドルスキさんに最初に教えていただいた型ですし、先代サルヴァ子爵様からもこれだけは褒めていただけたので。……ジャルティクで我を忘れて拳を怪我して、貴方に叱られたのが懐かしい。あのあとひたすらしごかれて、拳の握り方から叩き込まれましたね」


 ああ、そんなこともあったな。

 

「幼いユミカも連れてともに海を渡ったのだったな。まさか、あの時はユミカの夫としてお前が私の前に立ちはだかるとは思ってもみなかった」


 奇しくも話題が本題に触れたところで愛用の大剣を肩に担ぐと、エリクスも私が教えた型のまま、最低限の動きで護呪符を握り込む。

 

「立ちはだかっているのはどちらかというと皆さんなのですが、いえ。なんでもありません。もちろん、ユミカちゃんの夫として認めていただくために全力を尽くします。それともう一つ」


「なに?」


 ユミカのための闘争以外に目的などないだろう。

 そう私が告げる前に、エリクスが続ける。


「オドルスキさんの弟子の一人として、成長した姿をお見せしたい。自分がヘッセリンク伯爵家の、そして貴方のおかげで何者になれたのか。ここで披露させていただきます」


 ごつごつとした拳に握り込まれた札が、赤く発光する。

 どうやら、得意な火魔法でくるようだ。

 しかし、弟子の一人として、か。

 そう言われては、言葉の一つも贈らなければならないだろう。


「別の未来が訪れる可能性もあったなか、お前は諦めることなくここまで登ってきた。見事だ。師として誇りに思う」


 私の言葉に感動したように頬を緩ませると同時に、その拳をよりきつく握り締めるエリクス。

 それを確認した私も、掴んだ愛剣の柄が軋むほどに拳に力を込める。

 

「だから証明してみせろ。お前がユミカの夫として相応しいかどうかを。ユミカをどんな災厄からも守り通す力があると、私に見せてみるがいい!」


 私の叫びに、森の木々が揺れる。

 

「もとよりそのつもりです。胸をお借りします。……お義父さん」


「お義父さんと呼ぶのを許した覚えはない!!」

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