未来のお話14-3

 エリクスに発破をかけたところで第二試合、とは流石にいかない。

 僕との長丁場の試合を終えたばかりのエリクスは息も絶え絶えだ。

 こんな状態でオドルスキに挑んだりしたら命の危険すらある。

 と、いうことで食事がてらのインターバルを設けることにした。


「よし、休憩だ。腹ごしらえといこうじゃないか。エリクスは食事をしたら癒しを浴びて軽く休め」


 僕の言葉にきょとんとするエリクス。

 

「鬼のように、連戦だ! と仰ると思っていました」


 やだ、鬼だなんて失礼しちゃう。

 

「鬼は鬼でも優しい鬼だからな僕は。流石にそんなことはしないさ。疲れをとり、万全の態勢でオドルスキに挑め」


 それを聞いた見学の家来衆からおおっ! と歓声が上がる。

 ふふっ、僕のフェアプレイ精神にみんな感動したようだね。

 だが、もちろんそんなつもりでは言っていない。


「オドルスキだって、可能な限り活きのいいお前とやり合いたいだろうからな」


【BOOOO!!】


 家来衆を代表して脳内ブーイングはやめなさいコマンド。

 

「そこに本当に優しさがあるかわかりませんが、お言葉に甘えて少し休ませていただきます」


 主役であるエリクスは僕から食事を受け取ると、陽の光を避けるよう一人で木陰に座り、失った体力を回復すべく力強く塊肉を咀嚼し始めた。


【食事のチョイス】


 なんだかんだこれが疲労には一番効くって、先代宰相が言ってたから。


「で?」


 そんなエリクスを見送ってさあ僕もご飯にしようかと思っていると、彼の友人二人が眉間に皺を寄せて詰め寄ってきた。


「ん? なんだメアリ。それにデミケルも。二人して不服そうだな」


 男前が台無しだよ? なんて軽口を叩く雰囲気でもないな。

 とりあえず話を聞こうか。


「こちとら伊達や酔狂でヘッセリンクやってねえからな。なんのためにわざわざエリクスとやり合う必要がある?」


「じゃれ合う程度のおふざけかと思っていたら、身体強化まで使われての本気の手合わせです。目的を教えてください」


 目的?

 おいおい、昔から言っているだろう?

 忘れちまったのかい兄弟達。


「可愛い天使を独り占めしようと企む悪い男を締め上げるためだが?」


「兄貴」


 メアリのバリトンボイスが温度を失くす。

 これ以上はぐらかすのは無理そうだね。


「わかったわかった。怖い顔をするな。半分冗談だ」


「半分本気なんですね伯爵様」


 デミケルの呆れたような指摘に、深く頷きを返す。

 

「まあ、昔からユミカの夫になる男は千回殺すと決めていたからな。その相手が可愛い家来衆であり、お前達と並ぶ柱の一人であるエリクスだから、大負けに負けて一対一での手合わせを落とし所にした。これも嘘ではない」


「で、もう半分は? まじで意味もなくこんなことしてるならユミカに口聞いてもらえなくなるぜ?」


 それは心から、本当に心から嫌だけど、必要なことを必要な時に必要なだけ実行するのが貴族だ。

 なら、一時の誤解を恐れて行動しないわけにはいかない。

 とはいうものの、本人以外にならもうネタバラシをしてもいいだろう。


「大したことじゃない。ユミカの旦那はユミカを手に入れるため、狂人レックス・ヘッセリンクと聖騎士オドルスキを相手に連続で殴り合い、かつ生き残ったという実績を作ってやろうと思ってな」


 ピンとこないのか首を傾げるメアリ。

 一方のデミケルは、何かに思い当たったらしい。


「……それは、ユミカに群がる有象無象から、エリクスさんを守るために?」


 流石はデミケル察しがいい。

 が、満点ではない。


「守る対象はユミカとエリクスの両方だな。あの子達はこれから二人で国都に顔を出す機会も増えるはずだ。その度に名前も知らん輩に絡まれたらたまらないだろう」


 ただでさえユミカは色んな男達からアプローチされて辟易しているみたいだし、そのユミカが結婚したとなったら、勘違いした輩の矛先がエリクスに向かないとは言い切れない。


「だから、今回のことをエリクスの武勇伝として、国内外に大々的に流す。それでもなおユミカやエリクスにしつこく絡むなら、何をされても文句を言うなよ? と。まあ、そういう筋書きにするつもりだから承知おいてくれ」


 僕からの説明は以上だけど、メアリはまだ納得いかない様子で顔を顰めている。

 

「なら噂流すだけでよくねえ? なにを嬉々として身体強化まで使ってんだよ」


 なるほど、一理ある。

 あるけど、僕が求めたのはリアリティだ。

『エリクス君って実は強いらしいよ?』という具体性を欠いたラベルを貼るよりも、『エリクス君ったら狂人と殴り合いをして、狂人を頭から地面に叩きつけたんだって!』というほうがやばい奴感が出るのは間違いない。


「実際に殴り合うほうが真実味が出るだろう? 実際、僕を相手に善戦して見せた。一文官がだぞ? 予想を超えてくれて笑いが止まらない」


「ということは、投げられてみせたのはわざとなのですね。あれは肝が冷えました」


「いや、あれは本気だ。まさかあそこまで綺麗に返されるとは。身体強化を使わなければ大分まずかった」


 いや、ほんとに。

 サルヴァ子爵が昔使った技をここで落とし込んでくるなんて、流石はエリクスだよ。

 

「なんの躊躇いもなく頭から落としたからな。まあ、意図があるのはわかったよ。だったら先に教えとけとも思うけど」


「流石にこの歳で、楽しそうだけで動きはしないさ」


 なんとか納得してくれたらしいメアリの肩を叩きながら言い、この後の主役二人に視線を移す。

 僕の視線を受けたオドルスキは瞳をぎらつかせながらゆっくりと立ち上がり、一方のエリクスは頬を一つ叩いてこちらに駆けてきた。

 両者、気合いは十分。


「……さて。そろそろいいかな? では、第二試合を始めようか!」


 

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