未来のお話8
「おめでとう、マルディ。ようやく覚悟を決めてくれたんだね。僕も嬉しいよ」
僕の可愛い弟、マルディが次期ヘッセリンク伯爵としてお父様に認められた。
最近顔を合わせるたびにずっと難しい顔をしていたから、またどこかの貴族が悪さでもしていてそれをどう潰すか考えているのかと思ってたけど、将来のことで頭を悩ませていたらしい。
子供の頃から二人で何度も話をして、そのたびに折り合うことなく終わっていた後継者問題。
僕の中で次期ヘッセリンク伯爵はマルディしかいないとずっと思っていたし、どう考えても僕には不向きな仕事なのに、弟もそこだけは譲らなかった。
「ありがとうございます。まあ、今この瞬間にも護国卿の座には姉上が就くべきだという思いは消えていませんが、その他諸々はどう考えても私が務めた方が上手く回るという結論に至りました。なので、ついでに護国卿の称号も私が引き受けます」
今も完全に受け入れたわけじゃないらしく、肩をすくめながらそんな言い方をするマルディ。
「護国卿なんて、レプミア中の武人の憧れの的だよ? それをついでに引き受けるなんて不敬じゃないかな」
姉らしくそう指摘する僕に、お父様そっくりの唇を吊り上げた笑顔を向けてくる弟。
あ、これはものすごい皮肉が飛んでくる予兆だ。
「不敬上等を地で行く狂竜姫様が何を仰いますやら。メディラ。この一年で姉上がやらかしたことを列挙してくれるかな?」
マルディの問いかけに、メアリとクーデルの子供で、双子の姉のメディラが両手を前に出してゆっくりと指折り数え始めた。
「ええっと。国都の夜会でジャルティクの勘違い貴族を張り倒したでしょう? あと、召喚術の講師として招かれた王立学院でいけすかない生徒と教師を張り倒したでしょう? それから、ヘッセリンク嫌いの近衛の皆さんを訓練がてらに張り倒したでしょう? あとは」
「もういい! もういいよメディ。どれもこれもちゃんと反省してるから!」
確かにこの一年、いけ好かない相手を張り倒してばかりの暴力令嬢だったけど!
というか、両手の指全部使おうとしてたよね?
え、僕そんなに暴れてた?
「お嬢、本当に反省してたらそんなに暴れねえでしょうよ。親父達は笑ってましたが、あんまりヤンチャなことは控えてもらわねえと困ります」
こちらはメディラの双子の弟、シャビエル。
二人ともあのメアリとクーデルの子供だけあって、この世の美の極致のような見た目をしている。
うん、苦言を呈してる顔ですら綺麗。
「わかってるんだけどね? さっきメディが言ったやつは全部相手に非があるから。その証拠に僕にお咎めはないでしょ」
いかに僕が暴力的令嬢であっても、自分から積極的に暴れたりしない。
僕が暴れる時は、相手から絡まれたり、絶対にしてはいけないことをしている相手を見つけた時だけ。
普段の僕は、ちゃんと伯爵家のおとなしやかな令嬢に擬態する努力をしている。
「姉上が悪いなんて思ってはいません。仮に姉上が悪くても私が揉み消しますが、やり過ぎに注意してくださいと申し上げているのです」
甘いのか厳しいのかわからないマルディの言葉を受けて反応したのは、フィルミーとイリナの娘、アドリア。
常に優しげな笑顔を絶やさない、ヘッセリンク家の癒しだ。
歳も近いし、僕の可愛い妹分でもある。
「まあまあ、マルディ様。サクリ様も絡んでくる相手をぶっ壊してやろうなんて気はさらさらないのですから。お小言はそれくらいで」
「庇ってくれたんだろうけど、その庇い方は微妙だよアドリア……」
「大丈夫です。サクリ様が暴れん坊の粗忽者だということは皆存じ上げております。これからも存分にお暴れください。後始末はマルディ様と私が請け負いますので」
暴れん坊の粗忽者って言った!
僕をベタベタに甘やかす癖に、言葉の選択が正直過ぎる時があるんだよなあ。
「うわあ、出たよ狂信者。よくないよ? アド姉さんも主人を客観的に見ることが大事だってエリクス先生に習ったでしょう?」
僕のやることなすこと全てを肯定的に捉えるアドリアだから、メディラに狂信者と呼ばれても仕方ないところはある。
アドリアに叱られたことはないし、他の家来衆からやり過ぎを咎められても彼女だけはそれでいいって甘やかしてくれる。
マルディから、僕をダメにしてるのはアドリアだと言われた時には、ニッコリ笑って『光栄です』と答えたんだとか。
「ふふっ。然るべき時にはそうするつもりですけど、普段は主観で眺めていたいじゃないですか。ありのままのヘッセリンク家の皆さんを脳裏に焼き付けることができる。それがヘッセリンク伯爵家家来衆に許された特権だと思いませんか?」
「アドの姉貴はうちの母親とステムさんに毒され過ぎだって。引き返せなくなる前に冷静になれよ」
瞳孔全開で持論を展開するアドリアを制するように諭すシャビエルだったけど、無敵状態に入った彼女は誰にも止められない。
「冷静ですよ、とても。冷静にサクリ様とマルディ様を愛してるだけ」
どちらかというフィルミーに似た、年齢よりも大人びて見える顔いっぱいにねっとりとした笑みを浮かべるアドリア。
これ以上はいけない。
「はい、この話は終わり! さ、早く森に入るよ! せっかく僕達だけで深層に入る許可が出たんだから。気合い入れていくよ!」
そう。
今日は、私達だけで森の深層に入る。
普段は親世代かユミカ姉さんがいないと入れない深層だけど、マルディが次期伯爵として認められたのを機に自己責任で好きにしていいと許可が出た。
「御意。では、先頭は私が務めます。殿はマルディ様。よろしいですね?」
「ああ、任された」
アドリアが淡々と指示を出す。
ヘッセリンクの狂信者な面に目を瞑れば、彼女は頼りになる前衛で、優秀な指揮官だ。
同じ歳のマルディも、アドリアの指示をすんなりと受け入れた。
「メディとシャビエルはサクリ様をお守りしてください」
双子が揃って頷いて僕の両隣に立つ。
二人とも、いつの間にか僕より背が高くなってるんだよなあ。
ヘッセリンクで一番小っちゃいの、悲しい。
「ねえ、アドリア。僕は?」
「この世に貴女様を隊列に組み込める集団などあるでしょうか。いつもどおり、お好きなように、狂ったように我儘に振る舞ってくださいませ」
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