未来のお話7

 その日、オーレナングに珍しく客がやって来た。

 僕の息子であり、現在は国都の屋敷で外交の英才教育を受けているマルディだ。

 年に数回しか会えない息子だが、会うたびに顔つきが引き締まっていくため、その成長を確かめるのが楽しみだったりする。

 

「それで? 改めて話とはなんだマルディ。わざわざオーレナングまで来るとは、国都でなにか起きたか?」


 マルディはヘッセリンクにしては穏やかで慎重な子なのでアポ無し突撃などはしない。

 普段なら里帰りの日程と用件を書いた丁寧な手紙が届くんだけど、この時は会って話したいことがあるとだけ書かれたシンプルなものだった。

 書面に残せない何かがあったのかと念の為に家来衆には待機を命じているのだけど、マルディはこちらの問いに対して表情を変えず首を横に振る。


「いえ、国都の情勢は穏やかの一言。なんと言っても今代陛下には王太子時代の国内行脚の経験があります。それを十二分に生かした素晴らしい統治を行っておいでです」


 どうやら腕力でしか解決できないような問題が起きたわけではないらしい。

 数年前に先代陛下から王の座を譲られた今代陛下も上手くやっているようだ。

 

「そうか。まあ、僕のところに悪い話も聞こえてきていないし、最近は陛下からの招集もない。それを考えればお前の言うとおり上手くやっていっしゃるのだろうな」


「陛下が即位されたばかりの頃、父上は頻繁に国都にいらっしゃっていましたからね」


 前の王様が健在なうちの譲位だったからそこまでの混乱が起きたわけじゃない。

 では、なぜやたらと呼び出されたのか。

 慣れない王様稼業でストレスが溜まりまくった王様から、酒に付き合わされていただけだ。


「笑いごとじゃないぞ? 僕だけじゃなくリスチャードやミック、ガストン、アヤセ、ダイゼがどれだけ呼び出されたことか」


 リスチャードはクリスウッド公爵、ミックはサウスフィールド子爵、ガストンはアルテミトス侯爵、ダイゼはエスパール伯爵と、それぞれ当主の座に就いている。

 そんな彼らも結構な頻度で王様呼び出しを受けて国都に集まるものだから、一部貴族界隈では何かあるんじゃないかと警戒が強まっていたんだとか。

 ごめんね、ただの身内の飲み会だったんです。


「狂人派がリオーネ陛下支持で一致しているのですから、陛下もさぞ心強かったことでしょう」


 そんなこととは知らないマルディも、当時は僕達が極めて高度かつ機密尽くめの協議をしていたと勘違いしていたらしい。

 実態をバラした時の息子からの冷たい視線が忘れられません。

 

「狂人派はやめろ。僕達はただの飲み友達でしかない。だというのに、宴会を開くたびに当時王太子だった陛下が乱入してくるから毎回王城側に監視される羽目になったんだ」


「その結果、付いたあだ名が狂人派でしょう? 王城の公式文書にもその名で記されていると聞きましたが」


 あだ名が公式に昇格するとか酷い話だけど、ヘッセリンク派だとクリスウッドやアルテミトスへの配慮に欠けるからという理由だと言われれば抗議もしづらい。

 あと、抗議しなかった理由がもう一つ。


「酒乱派よりは幾分マシだからやむなく受け入れているだけさ」


 国の公式文書に酒乱派なんて書かれたら未来永劫残る黒歴史だからね。


「話が逸れたな。お前の話を聞こうか」


「はい。本日は次代のヘッセリンク伯爵についてお話しするために参りました」


 マルディが居住まいを正す。

 貴族としては避けて通れない後継者問題。

 長女サクリは世代最強の名をほしいままにするドラゴンサモナーだ。

 その性質もあって家来衆からは愛され、他所の貴族からのウケもいい。

 一方のマルディは、国都においてママンや先代ラスブラン侯から外交と謀略を叩き込まれたヘッセリンクとラスブランのハイブリッド。

 元闇蛇の人間と国中の裏街ネットワークを従えた姿は、最近では最も貴族らしいヘッセリンクとも言えるかもしれない。


「ほう? それは興味深いな。ついに結論が出たと考えていいのかな?」


 そう尋ねると、マルディが緊張の面持ちを浮かべながらも、しっかりと頷いた。


「はい。このマルディ・ヘッセリンク。ようやく名誉あるヘッセリンク伯爵の名を受け継ぐ覚悟ができました。つきましては、父上の許可をいただきたく」


「うん、許す。お前が次のヘッセリンク伯爵だ。頑張れ」


 これでヘッセリンクも安泰だなあなんて考えていると、マルディが気の抜けたような顔でこっちを見ていることに気づいた。


「……あまりにも軽すぎませんか? もっとこう、現当主としての威厳だとか、そういうものをもって重々しいお言葉があると思っていたのですが」


 あ、そっち?

 OKOK。


「そちらのほうがいいならやり直そうか。えー、マルディよ。ヘッセリンクとは」


「ああ、いえ、もう結構です」


 リクエストのとおりテイク2に取り掛かった僕のセリフを疲れたような顔で遮るマルディ。

 一応こんな日が来たときのために用意してたセリフがあるんだけど、聞かない?

 ああ、不要ですかわかりました。


「最悪、父上と拳で語り合う可能性があると思っていたのでホッとしました」


「そんな野蛮なことするわけないだろう。一体僕の何を見ていたんだ」


 伯爵名乗りたいなら俺を倒してからにしろって?

 どこの修羅の家だそれは。

 

「父上の全てを見ていたからこそ、いの一番にその可能性に思い至ったのですが」


【父の背中を見せすぎたのでは?】


 シャラップ、コマンド。 

 

「とにかく、当代ヘッセリンク伯爵として、正式にマルディ・ヘッセリンクを後継者に指名する。これは決定事項だ。狂人の名を背負うことは、お前が思うよりも辛く厳しいはず。一層の覚悟を持って臨みなさい」


 僕史上最大級の父親らしい言葉に、マルディが先程よりもさらに力強く頷く。

 今すぐ伯爵の座を譲っても構わないくらいいい顔してるよ。


「もとより覚悟のうえです。認めていただきホッとしました。さて、こうなってくると次は結婚だなんだという話になってくるのでしょうね」


 あー、うん。

 この子にはそっちの問題があったね。

 

「大丈夫か?」


 せっかくなのであまり触れてこなかった話題に切り込んでみることにした。


「と、仰ると?」


 僕の質問の意図がわからずキョトン顔のマルディ。

 この次期伯爵様は、はっきりシスコンだ。

 普段とんでもなく穏やかなくせに、姉であるサクリに関することでのみ暴発する厄介な癖の持ち主。

 そんな彼の理想の女性はもちろんサクリだと明言しており、親としては頭の痛い問題だったりする。


【と、シスコン伯が供述しています】


 僕のそれとはレベルが違うんだようちの自慢の息子は。

 

「お前がサクリを慕っているのはわかるが、あんな娘はこの世に二人といない。いや、もちろん近い性質の女性を探せばいるとは思うが、しかしそれも望み薄というか」


 息子の好みのタイプに言及する厄介な父親であることを自覚してしどろもどろになってしまった僕だったけど、マルディはなにやら納得したように苦い笑いを浮かべた。

 

「ああ、父上は勘違いをしていらっしゃるようですね。いいですか? 私は確かに姉上を慕っており、理想としていますが、それはあくまでも姉として、そして狂人の名を背負うヘッセリンクとしてのこと。姉上のような女性を伴侶に迎えたいかと聞かれれば、はっきりと謹んで心からお断りいたします。あんなに無軌道に暴れる危険な性質の女性、私の手に余りますよ」


 

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