未来のお話 惚気大会

「それで、エリクスからはどんな言葉で結婚を申し込まれたのかしら?」


 オーレナングの地下温泉に浸かって溶け切った私に、クー姉様がおもむろにそんなことを聞いてくる。

 子供の頃から恋焦がれていたエリクス兄様をあの手この手でついに陥落に追い込んだのはつい最近のこと。

 家来衆の姉様やおばさま達には感謝しても仕切れないくらいの協力をしてもらったんだけど、女性陣総動員でやっと陥落するなんて、エリクス兄様の鉄壁具合は私の想定を遥かに超えていた。


「言わないよ? クー姉様だってメアリお姉様からの告白の言葉なんて人に聞かれても教えないでしょう?」


 恥ずかしいし、あの言葉は私だけの宝物だから絶対に誰にも教えないと決めている。

 もしエリクス兄様が酔った勢いで誰かに漏らしたら、最低でもロックキャノンを撃ち込もうと思うくらいには二人だけの秘密にしていたい。


「教えてもいいけど長くなるからきっとのぼせちゃうわよ? ふふっ。ぶっきらぼうに視線を逸らしながら頬を染めるメアリを今でも日に五回は思い出すの」


「聞きたいような、聞きたくないような」


 クー姉様は語りたそうにしてるけど掘り下げるのはやめておこう。

 わざわざ聞かなくてもメアリお姉様とクー姉様はレプミアでも最高峰の仲良し夫婦だし、クー姉様の長くなるは本当に長くなるから。

 

「初恋は実るものなのねって、天にも昇る気持ちだったわ」


 結婚して何年も経つのにうっとりと微笑むクー姉様。

 いいなあ。

 

「あまりにも嬉しすぎて私の家に駆け込んできた途端泣き崩れてたものね」


 悦に入るクー姉様に対して、イリナ姉様が可笑しそうに笑う。

 メアリお姉様に対して攻めに攻める姿勢を見せていたクー姉様だけど、受け入れられると途端に照れちゃうのがすごく可愛い。


「思い出すのはやめなさいイリナ。その記憶はいますぐ消して」


「メアリお姉様の告白かあ。すごく気になる。本人に聞いても教えてくれないだろうから今度教えてほしいな。ちなみに、エリクス兄様はすごくロマンチックだったよ?」


 クー姉様じゃないけど、思い出しただけでもドキドキが止まらない。

 私も毎日五回は脳内で反芻してるのは内緒だ。


「あら、あの研究バカのエリクスからロマンチックな言葉が出てきたなんて、近々氾濫でも起きるのかしら」


「怖いこと言うのはやめなさいよ。それで? エリクスはなんと言ったの? ほら、素直に白状しなさいよ」


 イリナお姉様が鼻と鼻がくっつく距離で聞いてくる。

 子供のいるお母さんなのに、この人もずっと可愛い。

 ああ、可愛い女の人を眺められる幸せ。

 だけど、エリクス兄様からもらった言葉は絶対に教えないから。


「嫌! これ以上は秘密。お義母様やエイミー姉様にも教えてないんだから」


 私の人生のなかで恩人と言ってもいい二人にも教えてないことに、本気を感じて欲しい。

 もちろんお兄様とお義父様にも教えてないよ?


「えー、いいじゃない! お姉ちゃん達に秘密なんて生意気よユミカちゃん!」


「ちょっと、やめてよイリナお姉様! くすぐったい!」


 お湯の中で飛びかかってくるイリナお姉様。

 私の身体をわしゃわしゃと撫で回してくる。

 昔から抱きしめられたり撫でられたり、愛情表現のための接触は多めだ。


「はあ……、あんなに小さかったユミカちゃんがこんなに大きくなって。感慨深いわあ。天使も人妻になる日が来るのねえ」


「発言が老けてるわよイリナ」


「老けてない! フィルミーさんには今でも毎日可愛いよって言ってもらってるんだから!」


 半笑いのクー姉様に反射で噛み付くイリナお姉様。

 ほんとに仲良し。


「わあ! 流石はフィルミー兄様。素敵ね!」


 ヘッセリンク家の良心だったフィルミー兄様も、いまや二代目鏖殺将軍の二つ名で広く知られている。

 中身は昔のまま優しくて穏やかな紳士だけどね?

 

「今でも毎日見惚れるのよ? ついこの前はフィルミーさんの横顔を眺めてうっとりしてるのを見られて、うちの子に呆れられたわ」

  

 子供としては複雑なんだろうけど、仕方ないと諦めてほしい。

 現ヘッセリンク伯爵家の属性は、例外なく愛なのだから。

 そう伝えようとすると、次期護国卿候補のサクリが首を傾げながら口を開いた。


「え、そんなのお母様もそうだよね? 執務中のお父様の顔を飽きずにずっと眺めてるし、一緒に森に行った時なんて頬を赤くしながら涙ぐんでるのを僕、何度も見たよ」


 エイミー姉様に行き過ぎな感があることは否定しない。

 メアリお姉様曰く、お兄様への愛が深すぎて常人には理解できないらしい。

 

「私にとってはレックス様こそ世界一の男性。そのレックス様が華麗に魔獣を屠る姿を特等席で見ることができるのよ? あまりの美しさに、毎回膝から崩れ落ちそうになるの」


「美しい……?」


 サクリが頭の上に疑問符を大量に浮かべているのがわかる。

 確かにこれは難しい考えよね。

 お兄様がかっこいいということに私も異論はない。

 けど、美しいかと言われると、いくら私でも素直に首を縦には振りづらい。

 納得のいっていないサクリに、クー姉様が真剣な顔で諭すように言う。


「サクリ。今はまだわからないかもしれないけれど、貴女も成長すればいつかきっとわかるわ。愛した人は、全てが美しく映るものなの」

 

「ユミカ姉さんもエリクス先生を美しいと思うの?」


 とんでもない飛び火の仕方だわ。

 美しい。

 美しいかあ。

 

「美しいとは思わないけど……、一緒に森に行った時に、護呪符を使って色んな属性の魔法を駆使してる姿はカッコいいと思うし、文官として厳しい顔で書類と睨めっこしてる顔は色気があると思うし、疲れて今にも倒れそうな兄様も。それとね?」


「うん、わかったよユミカ姉さん。僕が悪かった、ごめん」


 え、まだ全然エリクス兄様のカッコいいところを伝えられてないんだけど。

 お義父様とお義母様と仲良くしてくれるところとか、あんな見た目だけどすごくお酒が強いところとか。

 

「ねえクーデル。ユミカが貴女の悪い影響受けてるんだけど。天使は天使でも、堕天使感が凄いわよ?」


「でも、可愛いでしょう? 見て、あの恋焦がれた女の瞳を。私達の可愛い天使が、大きくなったのね」


 クー姉様からは恋愛の、ううん、愛の大切さについてずっと教えてもらってるから、そういう意味では私のお師匠様よね。

 ずっと大好き。


「僕には濁ってるようにしか見えないよ……」


 サクリが何か呟いてるけど気にしないわ。

 家来衆としてのお仕事も頑張って、エリクス兄様のお嫁さんとしても頑張る。

 ああ、充実してる!

 そんな風に盛り上がる温泉に、すっと小柄な人影が侵入してきた。

 昔、ラスブラン侯爵領で起こったお兄様の偽物騒ぎの際に保護した、元闇蛇の女の子。

 今はヘッセリンク家のメイドの一人として働いてくれている。


「奥様、報告を」

 

「あら、どうしたの? 本当に氾濫でも起きたのかしら」

 

 エイミー姉様のにこやかな圧を受けて膝をつき、頭を垂れる女の子。


「いえ。先ほど、エリクスさんが伯爵様に森へと連れ去られました。共犯者は、ジャンジャックさん、オドルスキさん、フィルミーさん、メアリさんなどです」


 嘘でしょう!?

 本当にやったの!?

 ああ、急いで助けに行かなきゃ!

 そう思って温泉から飛び出ると、同じく温泉から上がったクー姉様が後ろから優しく抱きしめてくれた。


「落ち着きなさいユミカ。奥様、よろしいですか?」


「ええ。レックス・ヘッセリンクが妻、エイミー・ヘッセリンクが命じます。ユミカ、みんなを連れてすぐに森へ向かいなさい。私も急ぎます」


「御意」


「え? 僕も?」


「悪ふざけだとは思いますが、昔からユミカちゃんの恋人を百回殺すと言って憚らなかったレックス様です。万一があってはいけません。急ぎなさい」


 待っててエリクス兄様。

 ユミカがすぐに助けに行くからね!

 お兄様やお義父様は、正座で反省してもらうんだから!!

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