1.復活 【6】脱走
拓也は男の持つ、鈍い光沢を放つナイフを凝視した。
男はナイフを拓也の喉元に当てると、拓也の腕を掴み、引き上げた。
拓也は、縛られ不安定な足を、コンクリートの床の上に踏みしめて立ち上がった。男は背後から喉元にナイフを当てたまま、拓也の腕を拘束している。どのような技か、腕の関節を拘束し、背後の男は片腕で拓也の動きを封じてしまっている。
女が拓也の眼前まで歩み寄ってきた。ナイフを当てられ仰け反った拓也の喉元に、女の手が伸びる。女の手が喉元に触れた瞬間、拓也の身体に
女は、拓也の首筋を撫で上げながら、
「貴方も馬鹿ね・・・・・・。うまくビルに侵入したつもりだったんでしょう? 私たちが招き入れたとも知らないで・・・・・・」
拓也は、自分の力で開けたと思っていたビルの扉の鍵が、奴らの遠隔操作で開けられていたことを知った。・・・・・・やはり、自分には伊吹が言ったような力などないのでは・・・・・・。それでは、あの襲われた夜に起こった出来事は一体何だったんだ・・・・・・?
疑問で
「グッ!」
足と手を拘束されている拓也は姿勢を制御する術もなく、勢い良く地面に激突する。
「ボスが貴方に会いたがっているから、それまで大人しくしてなさい。逃げようとしても無駄よ? 貴方を殺すなとは言われているけど、傷つけちゃいけないとは言われていないんだから・・・・・・」
首を起こし、女の顔を睨む。
女は、微笑を浮かべたまま視線を受け流し、扉の方へと歩き出した。
3人が外へ出ると、鉄の扉が閉まる重い音が地下室に木霊した。
残された拓也の身体は、痛みと怒りが充満していた。
(逃げ出してやる・・・・・・)
ボスと呼ばれる人物に、このまま対面して正体を確認してみたかったが、怒りがこの拘束状態でいることを拒否させた。首と身体を回して、辺りに道具のような物が無いか探す。しかし、この部屋には物が置かれていないのだ。道具となるような物があるはずがなかった。
せめて両手を前に回すことが出来れば縄を咬みちぎることが出来るのだが、両手首を縛られた状態では腰を両手が通過せず、前に回すことが出来ない。関節を外して両手を回すことも考えたが、外し方が解らない。しかもそれは激痛を伴うだろう。
辺りを見渡していた拓也の視線が止まった。部屋の隅に、何かが転がっている。
拓也は床を這いながら、それに近づいた。それは、コンクリートの破片だった。天井を見ると、その一部に剥がれた箇所がある。拓也は後ろ向きに座り、その破片を手に取った。薄く剥がれたそのコンクリートの破片は、片側が鋭利となり刃としては使えそうだったが、劣化して崩れた物であったために見るからに
拓也は慎重に、手に持ったコンクリートの破片と縄を擦り合わせ始めた。掌に、コンクリートのモルタル粉がこぼれ落ちてくるのを感じる。
目に見えない作業は、縄が切れているのか、コンクリートの方がすり減っているのか解らなかった。しかも、手首を不自然な方向に曲げているため、力が入らない。
拓也はコンクリートの破片を手放した。
床に置いたコンクリートの破片を見る。先程まで鋭利であった箇所は、既に丸みを帯びていた。しかし、今の自分に与えられた道具は、これしかないのだ。
拓也は床に顔を近づけ、その破片を咥えようとした。しかし、その破片は薄く、歯の間に挟まらない。拓也は舌を伸ばし、床を舐めるようにして破片をすくい取った。
ようやく破片を
拓也は再び床を這い、壁に近づいた。壁の一角に亀裂が走っていた。その亀裂に、破片を差し込む。
亀裂に固定されたことを確認すると、拓也は壁に背を向け、縄を破片に触れさせた。亀裂から落ちそうになる破片を腰で固定し、更に縄を押しつけ、動かし始めた。先程よりも、縄自体が擦れる感触が伝わってくる。だが同時に、モルタルがこぼれ落ちていく量も増えたようだった。縄が切れるのが先か、この破片が無くなってしまうのが先か・・・・・・。運を天に任せるしかなかった。
それは、気の遠くなるような作業だった。実際、それは時間を要した。
焦ると間違って自分の皮膚を
長く単調な作業を永遠と続けていたが、縄が緩む感覚が伝わってきた。
(やったか・・・・!)
そう確信した瞬間、破片の感触が
拓也は振り返った。その視線の先の地面に、折れたコンクリートの破片が落ちていた。破片は細かく砕け、とても道具として使える代物ではなかった。
拓也は壁に背を
手首に縄が食い込む。それでも拓也は息を詰め、力を込め続けた。身体が小刻みに震え、顔面が血に膨れ上がっていく。
ブチッ!
突如両腕が解放され、身体の脇に出現した。手首を拘束していた縄を切ることに、成功したのだ。
自由になった手で、急いで足を拘束している縄を解きに掛かる。間もなく、拓也は拘束から解放された。自由になった身体で、地面に立つ。そして扉に振り返った。次はこの扉を開ける事が出来るかだ。
拓也は痺れる両手首をさすり、扉の
女は、さっきこの部屋を出るとき、鍵をかけ忘れていったのだ。
音を立てないようにゆっくりと扉を開き、隙間から廊下を覗き見る。
蛍光灯に照らされた廊下が見えた。人影は、無い。
更に扉を開き、反対側の廊下に視線を向けた。その方向にも人影はなかった。
拓也は地下室から出て、廊下を慎重に歩き始めた。地下室のむき出しのコンクリートとは異なり、廊下は綺麗な光沢を放っている。清潔な廊下と、廊下に並ぶ部屋の雰囲気から、ここは何かの研究施設だと拓也は直感した。
廊下の長さから、此処がかなり広い敷地であることが予想できる。敷地の広さを考えると、研究施設だけではなく、工場としての設備も持っているのかも知れない。
暫く廊下を進んでいくと、非常口と書かれた扉が見えてきた。拓也は足早にその扉に近づくと、素早く中へと潜り込んだ。扉の向こうには暗い空間があり、そこには階段があった。拓也は
左方向に扉が見える。窓の外には、他の建物が見えていた。拓也は扉の方向へ向かって、小走りに駆けていった。足音は出来るだけ殺している。
扉が段々と近づいてくる。その向こうは、自由な世界だった。
「あ~ら・・・・・・」
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