1.復活 【6】囚われの身

【6】               

 頬に、ざらついた床の感触が、伝わってきた。

 遠くから、床に水滴が落ちる音が、一定の間隔をおいて聞こえてくる。

 まぶたに冷たい感触を覚え、拓也は薄目を開けた。目の前に、コンクリートの床が広がっているのが見えた。その床に、水滴が落ちてきた。跳ね上がる滴が、拓也の顔に当たる。

 拓也は、落ちてくる水滴が、目の前の床にぶつかるさまを暫く見ていた。

 遠くから聞こえていたその水音が、次第にはっきりとしてくる。

 突如拓也は、自分が見知らぬ場所にいることに気付き、身を起こそうとした。しかし、その動きはさえぎられ、起きあがることは叶わなかった。腕が後ろ手に縛られ、念入りにも、両足首にも縄が掛けられていた。拓也は自由な首を起こし、辺りを見渡した。

 茶色く変色した壁が四方を囲み、天井の配管はむき出しだった。その配管の一つから水が染み出し、玉となった水滴が、床へと落ちている。四方の壁には窓が無く、雑然ざつぜんとしたこの場所は、地下室であろうと想像できた。普段は使われていない場所のようだ。部屋の中には何も無く、閑散かんさんとしていた。広い地下室の、冷たい床の中央付近に、自分は横たわっているらしい。

 真上には、裸電球が一つぶらさがっている。

 拓也は、体の自由を回復させるため縄を引きちぎろうと藻掻もがいた。息を止め、渾身こんしんの力を両腕に込める。しかし、縄は腕に食い込むばかりで、切れる気配さえなかった。

 拓也は力を緩め、床に横たわったまま、荒い息を上げた。

 目を閉じ、息を整える。拓也は意識を縄に集中した。

(切れろ・・・・!)

 縄が引きちぎれるイメージを頭に描く。

 天井からぶら下がっている裸電球が、唸りを上げて光度を増した。

「・・・・ハッ・・・ハア・・ハア・・・・・」

 縄には何の変化も起きなかった。

 拓也は床に横たわったまま、息を荒げた。自分が持つと言われた力は、自分の意志通りには発揮はっきできないのであろうか。何も出来ず、自由を奪われたまま横たわる自分の姿が情けなかった。伊吹が言った力は、本当は無いのではないかと疑った。


 ガチャ・・・・・・

 拓也はその音がした方向に頭をもたげた。この部屋の扉の鍵が、開かれる音のようであった。鉄製の扉が、軋むような重い音を立てながらゆっくりと開き、外の明かりが差し込んでくる。この部屋の薄明かりに慣らされていた拓也は、その眩しさに眉を寄せ、薄く開けた瞳に、光に溶け込む数人の人影を認めた。

「あら、お目覚めかしら?」

 女の声が、この閑散とした地下室に木霊する。

 扉が閉じられ、外の明かりが消えた事で、逆光となっていた人物の姿が確認できた。

 その女は、ロビーで見た受付嬢だった。あの時と違い、白い襟を出した黒いスーツに身を包んでいる。膝の上まであるタイトスカートから伸びた足にも、黒いハイヒールを履いていた。女の後ろには、銃を構えた男が二人、迷彩服に身を包んで立っている。

 ピンヒールがコンクリートを打つ音を響かせながら、女は拓也の方へ近づいてきた。

 拓也の脇に腰を下ろし、頭をもたげたままの拓也の顎に手を添える。

「上司に殺しちゃ駄目だって言われているから、何もしないであげるわ・・・・・・。残念・・・貴方の血、おいしそうなのに・・・・・・」

 そう言って瞳を細め、妖艶ようえんな表情を浮かべて、紅く濡れた唇の隙間を舌で舐めあげた。

 その表情を見た男は、この女の願望ならどんなことも叶えてやりたくなるだろう。

 例えそれが死を受け入れることでさえ。

 しかし拓也は、女の挑発的な態度と、この女によって今、このような無様な格好をいられていることへの怒りが先に立った。

 にらみ付ける拓也の瞳を、女は笑顔で答えた。唇の隙間から、鋭く尖った犬歯が見えた。

 拓也はその歯と、先程女が言った言葉に、あることの関係を思い描いた。

「・・・血・・・? ―──まさかお前が山口を⁉」

 フフフフフ・・・・・・

 女は微笑しながら立ち上がった。

 山口のことなど気にもめぬような態度で拓也の姿を見下ろして一瞥いちべつし、後ろの二人の男に目配せした。

 二人の男は女の前に進み出て、一人が拓也に銃口を向けた。そして、もう一人が腰からアーミーナイフをスラッと引き抜いた。ナイフを持った男が拓也に近づいてくる。

 男の向こうに、笑みを浮かべた女の顔が見えていた。

 男が拓也の脇に跪き、ナイフを前に出す。

られる―──)

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