1.復活 【6】美神 復活

 廊下の角まで来た時、不意に女の声が拓也の鼓膜を刺激した。

 拓也の動きが止まる。

 扉の方向を見つめていた視線を、右へ続く廊下へと向けた。

 そこには、先程の女が脚を組み、椅子に座っていた。両脇には二人の兵士が銃を肩に構え、照準を拓也に合わせて立っている。

「やっと来たわね・・・・・・」

 拓也は動くことが出来なかった。女は、満面の笑みを浮かべて拓也を見つめている。そして、手を口元に運び、含み笑いをし始めた。

「貴方は本当に私の思い通りに動いてくれるわ・・・・・・。貴方が逃げ出してくれるのを待っていたのよ」

 そう言って女は一歩前へ出た。

「私はどうしても貴方の血を味わってみたいの・・・・・・。だって、これまでに経験したことのない芳醇ほうじゅんな香が、貴方からは漂って来るんですもの。・・・・・・ボスが止めたから味わうことが出来なかったけど、貴方が逃げ出そうとして、怪我を負ってしまうのは仕方がない事よね・・・・・・」

 女は立ち上がり、ゆっくりと拓也に向かって歩き始めた。

「この二人は私のしもべにしてあるの・・・・・・。だから、ボスに知られることもないわ。貴方が抵抗したから、誤ってナイフで首に傷を負ったって報告すればいい・・・・・・」

 女の顔が赤らみ、欲情のそれに変わる。言葉にも、興奮の荒い息が混じっていた。

「大丈夫よ・・・・・・。山口のように全身の血を吸い取ってしまうようなことはしないから・・・・・・。一歩手前で止めてあげる・・・・・・」

 拓也は女の瞳から目を逸らした。この女の瞳には、人の意志を自由に操る魔力を持っている。このままでは、自分は抵抗することもなく女に首筋を差し出してしまうだろう。

「無駄よ・・・・・・。一度私のコントロールを受けた人間は私に逆らえないの・・・・・・。こちらを見なさい・・・・・・」

 意志に反し瞳が持ち上がる。女は妖艶な笑みを浮かべて、拓也の眼前に迫ってきた。

「そう、いい子ね・・・・・・。いい? これは二人だけの秘密よ・・・・・・?」

 女は、手の届くところまで迫っていた。両手が、拓也の頬に向かって伸びる。

 その手の動きが、拓也に触れる寸前で止まった。女の視線が拓也から離れ、宙を彷徨さまよう。しかし拓也も、女が動きを止めた理由に気付いていた。


 カツー・・・ン・・・・・・

 カツー・・・ン・・・・・・


 静かな廊下に、足音が響いていた。それは徐々に近づいてくる。

 女は後ろを振り返った。足音は、女が視線を向ける廊下の向こうから響いてきていた。

「誰なの⁉ この一角は今、封鎖しているはずよ⁉」

 女は苛立いらだった声を、足音の主に向かって発した。足音は、廊下の角の側まで近づいていた。4人の視線が、廊下の角へと注がれる。

 そこから現れたのは、紅いスーツに身を包む女だった。拓也の前にいる女吸血鬼と二人の兵士は、一瞬怪訝けげんそうな表情を浮かべた。

 現れた女は、角を曲がって数歩近づくと、その場所に立ち止まった。

 掛けていた黒いサングラスを、髪をなびかせながら外す。

「・・・・・・伊吹・・・・・・」

 拓也は思わずつぶやいた。

 拓也の姿を確認し、伊吹が口元に微笑を浮かべる。

 伊吹真世、いや、破壊の使者が復活した。


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