第三章 反・創世 ――Neg.Genesis――

1.復活 【1】海へ・・・・・・

第三章 反・創世 ――Neg.Genesis――


1.復活


【1】 

 悲鳴がまず止み、それから怨声と哭声が次第に小さくなっていった。

 炎の中の黒い影は完全に静止し、地面に黒塊として転がっている。怪物の再生能力を上回る火勢が、その生命を奪い去って行ったようだ。

 火柱が収束し、消えた跡に残ったのは、怪物と人の炭塊たんかいであった。暫く原型を留めていた炭の塊は、亀裂を生じながら乾いた音を立てて崩れてゆき、地面にぶつかって灰と化す。屋上に戻ってきた風が、その灰を吹き飛ばし去り、塊は次第に小さくなっていった。

 消失してゆく塊を見つめていた拓也は、視界の隅に、崩れ落ちる伊吹の姿を捕らえた。

「伊吹!」 

 拓也は伊吹の元へと駆け寄った。

 伊吹はコンクリートの床に、倒れていた。伊吹を抱き起こし、顔を覗き見る。

 蒼白そうはくの顔面に、玉のような汗を額に浮かせ、疲労の濃い表情を浮かべていた。

 うっすらと瞳が開かれる。くれない色に変わった瞳が、真っ直ぐに拓也を仰ぎ見た。

 美神の瞳に、意識が吸い込まれそうになる。


 彼女は、伊吹なのか―──?

 この人物を伊吹と呼称していいのだろうか・・・・・・。


「拓也・・・・・・」

 今目覚めたような表情を拓也に向け、伊吹は喘ぐように呟いた。

 自分の名を呼ぶ声に、容姿が変貌した女を改めて伊吹と認識する。いや、別の名があるにしても今は伊吹としか呼びようがなかった。

「大丈夫か・・・・・・⁉」

 伊吹は再び両の眼をしっかりと閉じ、眉間にしわを寄せて力を込めながら、震える声で答えた。

「だ・・・大丈夫・・・・・・」

 伊吹は起き上がろうとした。しかし、それだけの力が出ないらしい。拓也の抱きかかえる両腕に、再び伊吹の体重がのしかかってきた。

 がっくりと首を後ろに倒し、仰向けになった口から、荒い息が漏れる。

「しっかりしろ! 今、病院に―──」

「だめ・・・・・・」

 拓也は伊吹の荒い息に混じった小声に、抱きかかえようとした腕の力を緩めた。

「・・・・・・海に・・・・・・」

「海?」

「海へ連れていって・・・・・・。貴方とったあの入り江へ・・・・・・」

 拓也の脳裏に、月明かりに浮かぶ入り江の姿が思い浮かんだ。

 そしてその言葉に、入り江の女である事を伊吹自身が認めたのだと感じた。

 拓也は白い首を仰け反らせている伊吹を凝視した。

 何故今、伊吹がその場所を望むのか、拓也には理解できてはいなかった。今の状態を見れば、病院へと向かうのが妥当であろう。しかし、拓也は彼女の強い気持ちを短い言葉の中に感じ取り、従うことにした。

「・・・・・・解った」

 拓也はうなずき、伊吹を両腕に抱きかかえた。

 意識が薄れていく伊吹の顔を見つめたまま立ち上がり、拓也は視線を前方へと向けた。

 伊吹を抱きかかえ、丸く穿うがったあなの方へと歩き出した拓也の背後で、一陣の風が、屋上に残る黒い灰を、空へと運び去っていった。

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