3.降臨 【3】勝ち誇る小林
「待て、太郎」
怪物が起こした土煙は今ではかなり薄れ、地面付近を漂っているだけに過ぎない。その分、
声は、その暗闇の奥から響いてきた。続いてその闇に白い影が浮き出てくる。
「・・・・・・小林・・・・・・」
拓也は、自分でも気付かぬうちにその名前を口に出していた。
視線を拓也に真っ直ぐ向けたまま、左手で髪を掻き上げながら、小林は近づいて来る。
「凄いだろう、太郎の力は」
黒い怪物の脇に立った小林は、その怪物の胴に手を当て、愛おしげに視線を向ける。
3つの頭が交互に、小林の身体に鼻を擦り始めた。
「驚異的なパワーもそうだが・・・・・・どうだ、この回復力! お前に潰された頭も、この短時間で完璧に治っている!」
小林は下を向き、身体を小刻みに揺らせ始めた。
「・・・・フッフッ・・フフフフ・・・・フハハハハハ!」
全身を揺らせて堪えていた感情を爆発させ、高らかに笑い声を木霊させた。
「ハハハハハ! 解るか妻夫木ぃ! 完璧な生命体だよ! この私が
小林は拓也に不気味な笑みを浮かべた顔を向け、睨み付けた。
「どんな傷を受けようとも、例え頭を潰されたとしても再生する! 究極の生命だ!」
広い屋上に、小林の歓喜の声が響きわたった。
小林はそこで一息ついた。背を伸ばして大きく息を吸い込み、哀れむような視線を拓也に向けた。
「・・・・しかし、何処にでもいるんだよ・・・・・・。他人の成功を
ため息混じりの声を、小林は静かに発した。
「残念だったなぁ、妻夫木! 君がつぶそうとした私の研究成果の産物は、少々の事じゃ死にはしないんだ! 君が予想していた結果を
小林は、そこでまた高らかに笑いだした。
(狂っている・・・・・・)
拓也は、小林の言動に、寒気を覚えた。
完全に小林は自分の研究成果に酔っている。自分が生み出したモノが怪物であるという認識が皆無であることさえ恐ろしいことなのに、自分の研究成果が他者にとって羨む成果だとさえ思っている。しかも拓也がその成果を羨んで、この怪物の抹殺を
高らかに響いていた小林の笑い声が止む。さも
「
小林の表情から笑みが消える。白衣のポケットに両手を突っ込んだ格好で怪物の脇に立ち、真正面から拓也を見つめる。そして、瞳だけ拓也の隣に立つ伊吹へとスライドさせた。
「・・・・・・ついでだが、そこの女。お前もだ」
何故伊吹までかは理解できなかった。伊吹が小林の研究を探っていたことに気付いていたのかも知れない。そうでなければただ、この場所に居合わせたと言うことが小林の理由かも知れなかった。
そこにどういう理屈が働いたかは解らない。ただ、小林が一言声を掛ければ、こちらを見つめたまま静止している黒い物体は、二人の身体を引き裂くために突進してくるだろう。拓也の
「動くな‼」
突然、静寂が包んでいた屋上に、男の叫ぶ声が木霊した。
「ん~・・・・」
小林は、面倒くさそうに後ろをゆっくりと振り返った。破壊された屋上の出口に、一人の警備員が拳銃を両手で構えて、腰を低くし立っていた。
「う、動くんじゃない!」
その年輩の警備員は、階下での出来事を知り、怪物が残した痕跡を辿って此処までやってきたようだ。屋上に来て初めて目にした黒い巨体を前にし、警備員が動揺していることがはっきりと解った。構えた銃口が震えている。
「・・・・あぁ・・・・、邪魔が入った・・・・・・」
振り返った小林は、いきなり現れた人物に予定を狂わされたことに
「行け」
小林はそう呟き、黒い巨躯の尻を掌で軽く叩いた。
それを合図に、黒い塊が身を躍らせ、警備員の方へと疾走した。
「ひっ!」
警備員は怯んだ拍子に瓦礫に足を取られ、尻餅を付きながら片手で引き金を引いた。
体勢を崩しながらも、銃弾は突進してくる標的を確かに捕らえていた。だが、その銃弾は怪物の剛毛に弾かれ、突進を緩めることさえ出来なかった。
警備員は、迫ってくる3つの赤い口腔とそこに並ぶ牙を、何を考えながら見つめていたであろう。
黒い塊は、中央の頭部で警備員を跳ね飛ばした。身体が、
金網と警備員との激しい衝撃音と、短い呻き声が同時に聞こえた。
遅れて、警備員が飛んだ方向とは別の方向へ、肉の塊が床に落下した。
小林の足元に転がったのは、警備員の右腕だった。ケルベロスは、警備員の身体を跳ね飛ばすと同時に、別の頭が腕を引きちぎっていたのだ。
小林は、転がった右腕が握る銃を拾い上げた。
警備員は、悲鳴を上げながら失った右腕の付け根を押さえ、転げ回っている。
「
無造作に小林が警備員に向かって発砲した。偶然にも、銃弾は警備員の額を打ち抜き、冗談のように警備員は静かな肉の塊と化した。
動かなくなった警備員に興味を無くしたのか、ケルベロスは小林の方に向かって歩き出した。
小林は、今初めて扱った拳銃を珍しげに見つめながら、二人の方へ向き直った。
拓也は、小林の人の命を何とも思わないその態度に、怒りを覚えた。
まるで、
銃を撫で回していた小林が、思い出したように二人に視線を向けた。
「さ~て・・・・・・次だぁ・・・・・・」
チャッ
小林が銃口を二人に向ける。
「太郎に喰い殺されるのと、銃で撃ち抜かれるのと、どっちが御希望だ? 妻夫木!」
小林の言葉が終わらぬうちに、銃声が屋上に木霊した。
銃弾は、拓也に向かって発射された。
その銃弾が発射される瞬間を、拓也は見ていた。
自分に向いた銃口から火花が散った瞬間、拓也は横にダイブしていた。
肩を銃弾が掠め、焼け火箸が触れたような痛みが走る。
拓也はコンクリートの床の上を一回転し、中腰で立ち上がった。
「お~良く
拓也もどうして避けられたのか、はっきりとは解らない。銃弾より先に、小林の殺気が拓也を襲った事に反応したとでも言おうか。それが確証できる感覚ではないため、次の銃弾を再度運良く避けられるか、確証はなかった。
冷や汗が拓也の額を濡らす。同時に腕を、汗とは別の滑った体液が伝うのを感じた。
「さて、次はどうかな・・・・・・」
銃口が拓也の方に向く。小林は拓也の方に、一歩前進した。
拓也と小林の距離が縮まる。拓也は今度は逃げられないと感じた。
銃口は拓也の身体に向けられていた。うまくまた銃弾が飛び出す瞬間に回避行動が出来たとしても、次は身体の何処かに致命傷を与えるだろう。
例え全ての弾を避けきり、傷を負いながらも命が助かったとして、次はあの怪物が襲ってくるのだ。今の状況から、助かる方法が見あたらない。拓也は小林の薄ら笑いを浮かべた顔を睨みながら、この状況を抜け出す
追いつめられた状況は昨夜と同じなのだ。だが、昨夜自分がどの様な手段で逃げ出せたのか掴んでいない今は、状況が同じといえ、助かる可能性は無いに等しい。昨夜の力は、起こってみないと出せるモノなのか解らないのだ。
拓也は頬の血を拭う事も出来ず、じっと動けないでいた。
狙う者と狙われる者との間で、沈黙と緊張感がその場を覆った。
二人の間を緊張感が包む中、この広い屋上に清涼な声が広がった。
「―──何故おまえは、人を
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