3.降臨 【3】復活した怪物
廊下に、女の悲鳴が
二人は目を合わせ、同時に立ち上がった。
扉の近くにいた拓也がまず、廊下へと飛び出した。
「どうした‼」
その女性に駆け寄り、肩に手をかけ尋ねる。
院生らしいその若い女性は、震える指先を廊下の奥へと向けた。
拓也は指先が指し示す、廊下の奥へと視線を向ける。
廊下の突き当たりは、暗い影になっていた。その影の中で、何かが蠢いている。
静かな廊下に、低い唸り声と、何かの
突如塊の中央が盛り上がり、倒れた人間の腹部から、赤い筋が黒い塊に引かれるように伸び上がった。
赤い筋と思われた物は、倒れた人間の鮮血にまみれた肉であった。そして―──。
そして、その引き延ばされた肉の頂上には白い牙が突き出ていた。
「・・・・・・ケルベロス!」
黒い塊の正体は、拓也が倒したはずのケルベロスだった。
3つの頭が交互に肉を引きちぎり、
向かって右の頭が動きを止め、ゆっくりと頭を上げた。
紅く光る双眸が拓也を見つめ、静止した。拓也が潰したはずの眼球が、復活していた。
その瞳は、明かに恨みのこもった眼差しで、拓也を睨み付けていた。
「・・・・妻夫木・・・・・・」
黒い塊の向こうの闇に、白い影が揺らめいた。現れた影は、白衣を着た小林だった。
「この前は、よくも僕の研究を台無しにしてくれたなぁ・・・・・・。今日は、そのお礼に出向いてきてやったぞ・・・・・・」
その時、いくつかの研究室の扉が開き、中から人が姿を現した。
「逃げろ‼」
拓也は叫んだ。
「君も逃げるんだ!」
廊下に立ちすくんでいた女性の肩を掴んで振り向かせ、出口の方へと背中を押す。女性は、一歩足を踏み出したことで硬直していた脚の筋肉が復活し、走り始めた。
研究室から出てきた数人も、ある者は直ぐに廊下の奥の光景を目にし、ある者は訳も分からず拓也の言葉に反応して逃げ始める。とりあえず逃げ始めた者も、走り始めてから後ろを振り返り、そこにある地獄絵図を
「・・・行け!」
小林がケルベロスに命令した。
倒れた人間の腹腔に顔を突っ込んでいた残り2つの頭が上がり、のそりとその人体の上を乗り越える。廊下の暗がりから姿を現したケルベロスは、天空に向かって壁を揺るがす3つの咆吼を上げた。
壁に取り付けられた窓ガラスの振動が収まり切らぬうちに、ケルベロスはこちらに向かって突進してきた。コンクリートの床を揺るがし、巨躯が踊る。
出口は人が殺到したために詰まり、そこから外へ逃げ出すことは時間を要すると思われた。拓也は出口手前の階段の方へと曲がった。
廊下の角を曲がる瞬間、遅れて廊下に何事かと顔を覗かせた男の頭が、ケルベロスの顎に薙ぎ払われ、
拓也が階段を選んだのは、外への避難が遅れる可能性があったことも確かだが、狙いは自分なのであるから皆と反対方向へ逃げる必要があったせいだ。しかし、それは脱出方向から遠ざかる道でもあった。拓也はそれでも、懸命に階段を駆け上がった。伊吹も拓也に付いて階段を駆け上がってくる。
「君は付いてくるな!」
「もう間に合わないわ!」
ケルベロスの巨躯は、既に階段の下にあった。勢い余って曲がりきれず、滑る廊下に階段の前を行き過ぎる。
拓也は2階へと辿り着いた。階段を駆け上り、真正面に目に入った渡り廊下への扉を押してみるが、びくともしない。今日は休日のため、必要外の扉には鍵がかかっているのだ。
衝撃音に振り返った二人の視界に、階段の踊り場の壁に激突する黒い塊が見えた。壁に亀裂が走り、破片が床と音を立てる。
一瞬動きが止まったケルベロスを確認し、二人は再び階段を駆け上がった。
ケルベロスも直ぐに体勢を立て直し、階段を駆け上がる。黒い巨躯は、わずか2歩で階段を駆け上がっていた。しかし、その巨躯が邪魔し、身体を切り返すのに時間を取っている。怪物と二人の距離は、最上階まで変わらなかった。
二人は遂に、屋上への扉の前に辿り着いた。この扉が開かなければ、此処が二人の最終地点となってしまう。
扉は、幸いにも外側へと開いた。
二人は、陽光の中へと飛び出した。
そこは鉄柵で囲まれた、コンクリートの床が広がる場所だった。隠れる場所が、無い。
「こっちだ!」
拓也は階段を見つけ、そこを目指して走った。その階段は、建物の側面に取り付けられた非常階段だ。
数歩走って屋上の中央付近まで来たとき、今出てきた鉄製の扉が、轟音と共に大きく変形して宙を舞った。
振り返ると扉があった場所に大きな
二人はこの怪物の速度と、階段までの時間を計算した。階段の前には高い金網が張ってあり、その前の扉には鎖が掛かっている。瞬時に逃げ切ることは出来ないと判断した。
二人はケルベロスを見つめながら、無駄と思われる後退を行っていた。いや、身体が自然に後ろへと下がるのだ。しかも、この怪物から目を離すことが出来ない。
二人の背が、金網にぶつかり、ガシャッという音を立てる。
この金網を登り切る前に、ケルベロスの顎が自分の身体の何処かを捕らえるであろう。
怪物は、それを知っているかのように、ゆっくりと二人との距離を詰めた。
舌を覗かせた歪んだ口が、まるで笑っているかのように見える。
顎からは、泡混じりの唾液が、糸を引いていた。
巨躯が迫り、一飛びで二人に襲いかかると思われたその時、ケルベロスがふと動きを止め、後ろを振り返った。
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