3.降臨 【1】一夜が明けて

3.降臨 

【1】 

 遠くから、葉が風に揺れる音が聞こえてくる。

 覚醒し始めた意識の中で、その自然が奏でる音は、鼓膜から脳へと優しい刺激を与えていた。拓也は目を閉じたまま、空気を鼻からゆっくりと肺に取り込み、更にゆっくりと時間をかけて、その空気を鼻から吐き出していった。

 閉じた目を薄く開くと、そこは白い世界だった。

 目映い光に瞳が慣れるまで、そのまま瞼を薄く開けたままにする。次第に瞳が溢れる明かりに慣れ、霞みがかった視界がはっきりしてくる。焦点の合った瞳に映っているのは、白い天井だった。その天井に見覚えはなかった。

 ふと気がつくと、自分が柔らかい布団にくるまれているのが解った。

「目が覚めましたか?」

 低い男の声が、部屋に木霊した。

 拓也は重い頭をもたげ、声のする方に眼差しを向けた。部屋の片隅に、黒いコートを着た男が椅子に座っていた。

「権藤・・・・・・刑事?」

 まだ焦点を合わせる力が戻っていない拓也は、その風貌と声からその男が権藤だと判断した。権藤は椅子から立ち上がり、拓也が横たわるベッドの横に立った。

「ここは・・・・・・」

 拓也は周りを見渡した。

 部屋の全てが白一色に染められ、清潔感を漂わせたこの場所は、病室のようだった。

「病院ですよ」

 権藤が答えた。

 拓也はまだはっきりとしない思考の中で、今の状況を把握しようと、ゆっくりと上半身を起こした。身体が、思った以上に重い。

「びっくりしましたよ。爆発があったとの通報を受けて向かってみれば、貴方と奥さんが家の中で倒れているじゃないですか。―─直ぐに救急車を手配してこの病院に運び込んだんですが・・・・・・一体、何が起こったんです?」

 ―──何が起こったんです―──

 その言葉が拓也の脳裏に木霊した。

 拓也は俯いた顔を手で覆い、昨夜のことを思い返した。

「部屋の中はめちゃくちゃになってましたよ。ただ、あんな破壊跡は見たことがない。空中で水平に何かが爆発しなければ、あんな跡は残らないでしょう。しかも、お二人に熱傷やけどの跡もない」

 お二人・・・・・・?

「・・・・・・そうだ‼ 遙花は⁉」

 拓也の脳裏に昨夜の遙花の姿が思い浮かび、権藤の方を振り向いて尋ねた。

「奥さんは今、集中治療室に入っています」

 権藤の言葉に、拓也は衝撃と安堵の感情を同時に覚えた。

 生きていた・・・・・・。

 昨夜、遙花の身体を抱き起こし、脱力した身体と青白い顔を見たときには、妻の「死」という言葉が脳裏をかすめた。しかし死んではいなかった。

 だが、集中治療室と言う言葉に、拓也は一抹の不安を覚えた。現時点で生命は助かっているとしても、危険な状態であるのではないか。

「容態は⁉」

「・・・・医者の話によると、外傷と脳震盪のうしんとうのようです。一応、精密検査をするために、今、集中治療室で容態を見守っていますが・・・・・・。妻夫木先生⁉」

 拓也はベッドから起きあがろうとしていた。

「何処へ行かれるんですか⁉ ―─先生も、まだ安静にしていなくては・・・・・・」

「・・・・遙花の・・・・・・妻の所へ連れていって下さい・・・・・・」

「先生・・・・・・」

「遙花の容態をこの目で確かめたいんです・・・・・・」

 拓也はベッドから抜け出しながら、目で権藤に訴えた。

「・・・・・・解りました」

 権藤は拓也に肩を貸した。

 拓也は重い体を権藤に助けられながら、立ち上がった。

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