2.覚醒 【6】遙花の異変

【6】

 外は夕暮れが迫っていた。

 部屋の中は、まだ明かりが灯っていない。

 廊下の奥から、蛇口から水が流れ出る音がしていた。

 水の音に混じって、苦しげにせき込む声が混じる。

 遙花は洗面所の流し台に、身体をくの字に折って顔を突き入れていた。上体が、上下に揺れている。狭い洗面所の中に、荒い息が木霊こだましていた。

 遙花は顔を上げ、鏡に映る自分を見つめた。

 荒い息をし、口の周りは濡れている。鏡に映る自分の顔は、青く白かった。

 こみ上げてくる嘔吐感に、ぎりぎりのところで堪える。

 呼吸を深く繰り返すうちに、次第に嘔吐感はやわらいでいった。

 視線を鏡の自分に向けたまま、遙花は水道の蛇口を捻り、流れる水を止めた。

 次第に、荒い息が収まってくる。

 口の周りの水を拭い、深呼吸をし、改めて落ち着きを取り戻した自分の顔をじっと見つめる。


 玄関の開く音に、遙花は、はっと我に返った。

「ただいま」

 拓也の声が廊下に響く。

「おかえりなさーい」

 遙花は洗面所から廊下へ出て、明るい声を上げた。

 玄関に、靴を脱いで上がる拓也の姿があった。

「遅かったのね。どうだった? 教授の容態」

「―─教授の方はもう大丈夫みたいだ」

 そう言うと、夫は居間へと向かい、ソファに腰掛けた。背もたれに首を預け、目をつぶったまま天井を見上げている。

 拓也は疲れている様子だった。声をかけようかと迷った遙花は、キッチンの方へ向かった。

「お腹空いたでしょう? ぐに食べる?」

「ああ・・・・・・」

 拓也の疲れた声が聞こえてきた。

 その声色に心配しながらも、遙花は下ごしらえを済ませた台所に立ち、コンロの火を点けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る