2.覚醒 【5】伊吹の経歴
【5】
権藤とは病院の前で分かれた。
小野寺教授の病室を覗いてみると、伊吹が教授の傍らに、まだ座っていた。
「教授、ずっと眠ったままです・・・・・・」
病室に入ってきた拓也に気付いた伊吹は、そう呟いた。そして、教授の眠りを妨げる事を気にして、拓也を促し病室を出た。
二人は廊下にある長椅子に座り、廊下を行き交う人々を見つめた。
伊吹の横に座り、拓也は別のことを考えて言葉が出なかった。伊吹と山口の関係を知りたかったが、それを聞き出すには、何と聞けばいいのか見当がつかなかった。
しかしそのきっかけは、伊吹が作ってくれた。
「権藤刑事と、何処へ行かれていたんですか?」
どう返答しようか一瞬迷ったが、拓也はストレートに話してみることにした。
「実は・・・・・・、猪神製薬所の山口という男が殺されたんです」
「え!?」
伊吹は驚いたように拓也の方に振り向いた。伊吹の方を向いていた拓也の瞳をじっと見つめる。
暫く拓也の顔を見つめていた伊吹だったが、静かに廊下の方へ視線を戻し、呟いた。
「・・・・そうですか・・・・・・」
悲しげな声だった。
拓也は伊吹の顔を見ながら、話しを続けた。
「権藤刑事に、猪神製薬所と小林が関係あるらしいことを話していたんです。それで権藤刑事も、私を連れて行ったんだと思います」
伊吹は視線を前方に向けたまま拓也の言葉を聞いていた。何も反応がないところを見ると、まだ山口のことを考えているのかも知れない。拓也は、山口と伊吹の関係を聞こうと考えた。先程の反応から、伊吹が山口のことを知っていることは確かであった。
「伊吹先生・・・・・・山口という男の事を知っているんですか?」
伊吹は前を見つめたまま、反応がなかった。
沈黙が二人を包んだ。拓也は伊吹の答えを待っていた。
「実は・・・・・・」
伊吹が長い沈黙を破り、言葉を発した。
「私、去年まで猪神製薬所に勤めていたんです」
「え!?」
拓也にとって、意外な答えだった。あっさりと伊吹が、猪神製薬所と関係がある事を認めるとは思わなかったからである。
「山口君は、同じ部署に勤めていた一年後輩です」
そう言って、伊吹は自分の経歴を話し始めた。
「私が会社に疑問を抱き始めたのは三年前・・・・・・。使途不明な多額の研究費が使われていることに気付いてからでした。最初は、どの部署でそんなに使われているのか解らなかったのだけど、どうも私が所属していた発生工学研究部で使われていることが解ったんです。私の部署で、私達が知らないプロジェクトが進行している・・・・・・。私は単独で、一体何が行われているのか、極秘に調査を始め・・・・・・そして、世間に漏れたら会社のイメージが暴落する程の非倫理的な案件らしいこと、それと研究費の一部が、大学に流れていることを突き止めました。それで私は会社を辞め、この大学に赴任することにしたんです」
伊吹は前方を見つめたまま、淡々と話し続けた。
「赴任してから、小林さんに目をつけて監視していたけど、何を研究しているかは掴めなかった。結局、今回の出来事で私の感じていた通り、恐ろしい研究をしていたことは解ったけれど・・・・・・」
伊吹はそこで暫く言葉を切った。
「小林さんの姿が消え・・・・・・会社の情報を得るために協力してくれていた山口君も殺された・・・・・・。私が大学に居る目的も、調査する手段も消えてしまったわ・・・・・・」
「そうだったんですか・・・・・・」
二人は前方を向いて座り、言葉を無くした。
「実は昨日、山口君から送られて来た資料があるんです」
伊吹はそう言って鞄から資料を取り出し広げた。
「此処に横須賀研究所という名前が出てくるの。横にあるのが恐らく金額」
拓哉は資料を見た。大学の名前もあった。
「・・・・・・何だ⁉ この数字は。大学の数万倍じゃないか!」
「私も横須賀研究所なんて知らないんです。・・・・・・でも此処で研究が続けられているのだとすれば・・・・・・」
拓哉の背筋が凍る。街に怪物が放たれた地獄絵図の光景が脳裏に浮かび、思考が止まった。
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