2.覚醒 【2】失神

【2】

 暗い居間の中で、拓也はグラスを片手に持ち、ガラス戸の前に立っていた。

 外は暗く、静寂せいじゃくに包まれている。深夜の住宅街は静かだった。

 拓也が立つこの居間も、ガラス戸を隔てた外の静寂さと同化していた。


「大丈夫? 疲れているみたいだけど・・・・・・」

 夕食の際、遙花が問いかけてきた言葉が、拓也の脳裏によみがえった。

 確かにそうかも知れない。最近自分の身の回りに起こる、非現実的な出来事に、精神的に疲れていることは確かだった。

 謎が多すぎる。

 その謎が氷解ひょうかいすれば、今も既にベッドの中に横たわっていたであろう。

 何故小林はあんな怪物を創ったのか。あのような物を造らせた者は誰なのか。

 そして、あのプログラムは誰が変えたのか。

 あの画面を見てから、拓也は今日ずっとプログラムの中身をチェックしていた。

 拓也が組んだプログラムに変更が加えられていた。変更されていることは分かったのだが、そのプログラム内容は全く不明だった。何かのDNA配列に置き換えようとしていることは分かるのだが、何に変えようとしているのかが皆目かいもく分からない。

 それに、誰が変更したというのだ。大学内の誰かであろうか。大学外の人間が研究室に出入りすれば、目立ってしょうがない。研究生が指導教授の研究を邪魔するわけもない。

 大学内の人間が行ったのであれば、一体誰が・・・・・・?

 ふと、伊吹の顔が浮かんだ。

(まさか・・・・)

 伊吹が来たのは、最初にプログラムに異常が起きた夜の前日だ。あんな複雑なプログラム変更を行えるはずがない。

 研究室でもそうだったが、拓也の思考は、全く結論に到ろうとはしなかった。

 琥珀こはく色をした液体の中で、氷がゆっくりと回り、グラスと透き通った音を立てた。

 その時、突然拓也の身体に異常が生じた。

 ・・・ドッ・・・クン・・・・・

 心臓が一度大きく拍を打ち、止まった。何故自分の心臓は鼓動していないのに生きているのか、疑問に思う時間があったほどだ。

 突然心臓が早鐘のように鼓動を再開する。続いてこみ上げてくる嘔吐感おうとかん―──。

 膝が崩れ、視界が上へ流れてゆく。自分の感覚よりも早く頭が床に到達し、遅れて手の平が床を叩く音が聞こえた。膝が床にぶつかったことも気がつかなかった。頭が床を擦る。深く息を吸い込もうとするが、息を吸い込むことも吐くこともできず、身体を自分の意志通りに動かせない。折り曲げた身体の体勢が苦しく、重力に引かれるように身体が沈んでゆく。

 薄れゆく意識の中、遠くから声が響いてきた。


 ―──思い出せ―──


 声が訴える。

(何をだ・・・・・・)

 その声に問う。

 問いかけはしたが、それが、自分にとって重要な事だとは分かった。

 自分は思い出さなければならない。焦燥感しょうそうかんが襲い、鼓動と息が荒くなった。

 だが、記憶を探ろうとしても、それが何処にあるかも分からない。

 鼓動が更に速くなり、視界が霧に包まれ・・・・・・。


 拓也は意識を失った。

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