1.破壊者 【3】猪神製薬所

【3】 

 拓也は小野寺教授の研究室にいた。

 廃屋の地下研究室に何も残っていない以上、この研究室か小林の自宅で何か手がかりを探すしかない。

 今頃小林の自宅の方は、権藤が捜索しているだろう。自宅の方は権藤に任すことにして、拓也はこの研究室に何か残ってないか、探してみることにした。小林が使っていたという机に座り、その机の上に乗るノートパソコンの電源を入れた。

 ・・・・・・フィィィィ・・・・・・

 ハードディスクが回転を始める軽い音が響き、パソコンが起動を始める。

 パソコンが立ち上がり、拓也は中のデータを検索し始めた。そこには膨大ぼうだいな量のデータがおさめられていた。全てを読み終わるには、一日では片づかないだろう。2,3データを開いてみたが、地下研究室で行われていた研究とは無関係のデータだった。

 次に拓也は、インターネットへのアクセス履歴を調べてみることにした。インターネットにアクセスし、ネットへの交信記録を見てみる。ほとんどが、他の大学が公開している研究データを閲覧えつらんした物だった。

 拓也が諦めかけていたときだ。

 あるURLにアクセスしようとした途端とたん、画面にパスワードの入力指示画面が現れた。

 しばらく拓也はその画面を見つめていたが、ある文字を打ち込んでみた。

 パスワードの再入力指示が起こると思われたが、画面は切り替わり始めた。あの日記に書かれてあった7桁のアルファベットは、このネットへのアクセスパスワードだったのだ。

 通信インジゲーターの青い棒グラフがいっぱいになると、ある画面が現れた。

 画面左上に「猪神いがみ製薬所発生工学研究部Ωオメガ」と書かれている。

 社外へ対してのホームページではなく、社内、しかも限られた人間にしかアクセスできない画面を拓也は見ている事に気付いた。

 小林は何故このパスワードを知っていたのか。

 猪神製薬所と言えば、館林製薬所と並ぶ、大手の製薬会社だ。大企業のイントラネットにアクセスすると言うことは、そのセキュリティから考えても大変困難なことだ。そんな困難なことを、なぜ小林は出来、そして行っていたのか。

 小林がこのネットにアクセスしていた理由と思われる事は3つ。

 1つは、なんらかの情報を得るため小林がネットに侵入を試み、成功したということ。

 しかしこれは、小林がハッカーとしての知識に精通せいつうしていなくてはならないし、小林がそのような知識を持っていた風には見えない。それに、企業の情報を得たとしても、小林が享受きょうじゅする利益がとぼしい感がある。また金銭目的も否定できる。既に小林は、好きなだけ研究資金を提供してくれるスポンサーを得ていたではないか。

 2つ目は、第3者が小林に情報を盗む事を依頼し、このパスワードを教えた、というケースだ。しかし、この場合もに落ちない点が残る。パスワードを知ることが出来たのなら、他者に依頼するなどということはせずに、直接欲しい情報を盗めばいいのだ。

 3つ目は、猪神製薬所の内部者から直接、パスワードを聞いていたというケースだ。

 小林を援助していた人物は、日記を見た限り、資金提供や援助していた痕跡こんせきを残しておきたくなかったようだった。電話の通信記録やメールの痕跡を残すことなく、直接回線で情報のやり取りを行おうとするならば、この第3の方法が一番確実ではないだろうか。しかも、タイムラグ無く大量のデータ交信が可能だ。

 ・・・・・・まさか、小林の研究を支援していたのは猪神製薬所なのか?

 あれほどの施設を個人に提供する資金力や、ある程度のバックアップチームを構成できる事から考えても個人が支援していたとは考えられなかったが、世間一般によく知られた大企業が関係しているとも想像していなかった。

 しかし、3つ目の理由が一番有力に感じられても、証拠がない限りは確定とはいえない。その証拠とは、小林の研究データが何処どこに流れていたかだ。今アクセスしているサーバー上に小林の研究記録が見つかれば、猪神製薬所が小林に資金提供していたことは間違いないだろう。

 改めて、拓也は画面上を見つめた。しかしその時、突然画面が揺らいだ。

 画面にはノイズがはしり、そして暗くなった。

 拓也は一瞬呆然ぼうぜんとしたが、キーを叩いても何も反応しなくなってしまっていた。

 パソコンを再起動し、改めてアクセスしたが、既にパスワードは使えなくなっていた。

(「彼」だ・・・・・・)

 拓也は直感した。明らかに今の現象は、アクセス先から強制遮断されたものだ。

 こちらがアクセスしていることに気付いたということはつまり、猪神製薬所社内の人間が気付いたことになる。また、このパスワードが小林個人に与えられていたパスワードであれば、既に小林がこのパスワードを使ってアクセスしてくることなど無い事を知っている人間に違いない。そしてそれを行った人物は、小林の日記に出てきた「彼」であろう。

 今の出来事で拓也は、小林に資金援助していた「彼」は、猪神製薬所の人間にほぼ違いないと確信した。

 あとは、それをどうやって証明するかだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る