1.破壊者 【2】小林の日誌 ー 残された暗号 ー


4月20日

 最近、太郎が次第に理性を失って、凶暴化きょうぼうかするのが感じ取れる。なにか、本能の衝動しょうどうおさえきれないといった感じだ。最近は生きた獲物しか食べなくなった。狩猟しゅりょう本能が目覚めてしまったのか。生きたにわとりぐらいでは満足していない様子だ。


4月23日

 太郎が檻を破る。

 すぐに「彼」に連絡を取る。

 檻は内側から破られていた。信じられないのは、扉を自力で開けていたことだ。かなりの知能の発達が見られる。太郎は子供の頃にしか、この扉を開けるところを見ていないはずだ。「彼」が鋼鉄製の物に取り替える事を手配。


10:30 PM

 太郎を森の中で発見。

 最悪だ・・・・・・。太郎が人を殺し、っていた。

 本能をあらわにした太郎は、私の犬笛にも反応しない。森の中へと消える。彼に連絡。


11:00 PM

 彼から連絡が入る。大学構内に、太郎を追い込んだとのこと。彼のチームが、捕獲作戦に入る。私も麻酔銃を持って、再度探索に出、研究棟の方へ向かう。

 研究室の一室に明かりが灯っている。妻夫木准教授つまぶきじゅんきょうじゅの研究室だ。彼に気付かれる前に、太郎を捕獲せねば・・・・・・。それとも、妻夫木准教授を眠らせておくかだ。

 太郎が他人の目に触れることは避けたい。准教授を眠らせておくことに決めた。

 研究棟内に入り、准教授の研究室の扉を隙間程度開ける。弾は中型獣の物と変え、針も細い物へ変えた。朝、起きても、虫に刺されたとしか思わないだろう。

 引き金を引こうとした瞬間、停電となる。その時、妻夫木准教授のパソコンのディスプレイに私は目を奪われた。なんだ? あれは・・・・・・。

 准教授に気付かれる。あわてて階段の下に隠れ、准教授をやり過ごす。そのまま隠れていると、彼が現れた。准教授は彼が対処したらしい。廊下に准教授が倒れ、気を失っている。そして、廊下を曲がっていった突き当たりに、太郎を発見。冷静さを取り戻している。廃屋に連れて帰り、新しいおりへ入れる。


4月24日

 昨夜の停電は、彼のチームが起こしたモノだった。学内のセキュリティを切って、太郎を構内に追い込んだらしい。それよりも、恐れていた事態が起こってしまった。太郎が何も食べない。生きたえさにも見向きもしない。ヒトの味を覚えてしまったのだ。

 しかし、太郎は身体を維持するため、大量の食物摂取せっしゅが必要だ。

 太郎は異常に興奮している。このままでは、再度檻を破って、食料を求めまちへ出ていく恐れがある。太郎の存在がばれてしまえば、私の研究継続も不可能となるだろう。

 太郎を殺すか。それとも私が“餌”を調達してくるか・・・・。


4月25日

 あの日見たディスプレイの映像が忘れられず、妻夫木准教授の研究室に入る。私の見間違いでなければ、あの遺伝子配列構成は、私が追い求めていたモノだ。

 しかし、プログラムのパスワードが分からない。部屋の中のあらゆる資料をめくってみたが、パスワードはおろか、私の目的とするような研究を行っている証拠も見つからなかった。とりあえず、手当たり次第パソコンのデータをコピーしてみる。日が昇り、意外に長くこの部屋に居たことに気付き、慌てて部屋を出る。部屋の中はそのままにしてきたが、私が入った証拠は何も残っていないはずだ。


 太郎は相変わらず何も口にしようとしない。凶暴性が増し、檻に向かって体当たりを繰り返している。傷に対する驚異的な耐性を持つ太郎は、傷だらけになり血で全身が濡れたようになろうとも、暴れるのを止めようとしない。その振動は、この研究室をも揺らしている。このままでは、外部に太郎の存在が気付かれてしまう恐れがある。麻酔銃も試し、致死ちし量を打ち込んでようやく倒れてくれたが、1時間で蘇生そせいしてしまった。やはり、殺すしかないのか・・・・。しかし、どうやれば太郎は殺せる?


4月26日

 決心した。私にこの宝とも言える研究成果を失うことは出来ない。


◇◇◇◇

 この日の日記は、その一言で終わっていた。

 小林は“餌”を自ら調達してくることをこの日、決心したのだ。

 “餌”として選ばれたのが、あの少女だ。狂気の選択としか思えなかった。

 あの怪物を生み出すことに異常ともいえる執着をしていたのは分かるが、人の命を代償として研究を維持させようという考えを起こすなど、正気を失っていたとしか思えない。 昨夜、たまたま自分が彼女を助け出し、小林の決断したことを阻止そししていなければ、「餌の調達」はずっと続いていたのかと思うと、拓也は背筋がこおり付くような思いがした。

 一体、何人の命を犠牲にするつもりで、小林はそのような結論に至ったのか。

 拓也は理解不能な小林の思考に、怒りさえ覚えた。

「妻夫木先生・・・・・・ここ・・・・・・」

 伊吹が一冊のノートを開き、あるページを指さしながら拓也に渡してきた。

 拓也はそのノートを受け取り、ゆびさされた箇所に目を走らせた。ノートの端に、7桁のアルファベットが並んでいる。

「何か分かりましたか、先生」

 権藤が背後から声をかけてきた。

 拓也は日記に書かれていた研究の内容をかいつまんで説明した。

 権藤は拓也の話を半信半疑で聞いていたようだったが、とにかく小林の行方について早速捜索を始めると拓也に伝え、地下研究所を後にした。

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