1.破壊者 【2】小林の日誌 ー 怪物の生誕 ー
11月5日
犬の花子の卵細胞を摘出。人工授精による、細胞分裂を確認。
11月6日
胚の形成を確認。花子の子宮に戻す。
11月7日
失敗だ。着床しなかった。卵細胞の遺伝子操作により形質を変えてしまったことで、母胎が卵細胞を異物と見なしてしまったのか? 遺伝子情報の解読と解析を継続。
11月8日
染色体の端には、テロメアと呼ばれる領域がある。細胞分裂の際、細胞は分裂の度このテロメアの数を減らしてしまう。そのため、細胞はテロメアがある程度の短さになったときに、分裂を止めてしまう。細胞の老化だ。この細胞の老化をくい止めることが出来れば、不老不死も夢ではない。
実際、
だが、細胞分裂を無限に起こさせる事に成功させたからと言って、不死を手に入れた事にはならない。一つは遺伝子が傷つけられたりして、遺伝子情報が変わってしまう事が発生するためだ。間違った情報の細胞を増やし続ければ、正常な機能を失った個体となってしまう。遺伝子が異常な部品を作り続けていけば、その個体は死に至るだろう。
また、癌細胞が癌と言われる由縁は、無尽蔵に増殖する細胞が、正常な細胞の栄養を奪ってしまうためだ。個体の生命活動を妨げるほど、細胞の分裂に栄養を費やすのも死を招くのである。つまり、「完全なる生命体」を作るためには、不死化させた細胞をコントロールする方法を見つけださなくてはならないのだ。
これまでの研究で、細胞の不死化と分裂速度を促進させる
◇◇◇◇
―──完全なる生命体―──。
小林はそんな物を生み出そうとしていたのか。しかも、既にこの時点で実証段階にまで到達している。昨夜見た生物がその産物だとすると、小林の研究は完成していたのか?
受精卵から
しかし、完全なる生命体とは・・・・・・。
拓也は日記の内容に、ある種の不安を覚え初め、小林の研究過程を追っていった。
◇◇◇◇
11月25日
失敗だ。
生まれたのは肉の塊だ。とても生物と呼べる物ではない。
全ての細胞を癌化させただけでは、他の器官と栄養の取得競争に勝った器官だけが無限に増殖してしまう。分裂速度を速めているため成長も早いのだが、コントロールを失うと増殖を止める術がない。本当はマウスで実験を繰り返して、一つの卵細胞が各器官へと分化し、個体へと成長する謎を解明してから、より高等生物へ移って行きたいのだが、時間がない。この場所が
12月13日
理論は完成した。要は感情を利用すればいいのだ。テロメラーゼ活性をアドレナリンにより引き起こすように遺伝子を操作した。感情の起伏によりアドレナリンが体内に放出される。例えば
母の胎内に居る間は感情の起伏を起こすような事は起きないため、テロメラーゼ活性も起きない。つまり、通常の胎児として育ち、誕生するはずだ。
併せて、染色体の変質を防御する「強い遺伝子」も完成した。理論上、急速に成人へと成長し、老いず、如何なる怪我も回復し、疾患も無い。よって、この生物に死は無い。完全な生命体への第一歩として、この生命は生まれてくるはずだ。
12月25日
それは突然だった。
突如としてそれはこの世に生まれ出てきた。しかも、母の腹を突き破り。
最初に聞こえてきたのは、地下室に響いた花子の苦しみ吠える
檻へと駆け寄った私は、そこで信じられない光景を目にした。花子の腹部が、無数の触手で内側から押されるように変形していた。これまでの人生の中でも聞いたことのない悲痛な叫び声が木霊し、それが一際長く続いた瞬間、それは母の腹を突き破って生まれいでた。
横たわる花子の腹から黒く濡れた生物が伸び上がり、「それ」は天空に向かって吠えた。しぶき上がる血が顔を濡らすのも忘れ、私は
何が起こったのかは分からないが、この数時間で胎児がここまで成長し、母の身体を突き破って出てきたのだ。
初め、私は3頭生まれてきたのかと思った。私が花子の胎内に着床させたのも一つであるし、エコーでも一体しか確認できなかったのだから、そんなはずはなかった。なんと、その生物は頭部が3つに分かれていたのだ。
この生物は自身の身体を維持するために、大量の栄養を摂取しなければならない。自分の身体の構造を理解したこの生命体の意志が、自然に
ひとしきり遠吠えを放ったその生き物は、唸り声を上げながら辺りを見渡した。次の瞬間、私はまた信じられない光景を目にした。子供は産まれてすぐに、母から授乳を受ける。子供はすぐに母の乳房を求めるのだ。だが、この生物の母はもういない。
その生物は辺りを見渡し、視線を自分の真下に横たわる花子に向け、そして3つのアギトで喰らい始めたのだ。
私は歓喜した。この生物は完璧な肉体を持っているだけでなく、生きる事への驚くべき執着心まで備えている。間違いない。完璧な生命の誕生だ!
12月26日
生まれた生物を太郎と名付ける。昨夜から、太郎の世話に追われる。不思議と私を襲おうとはしない。生まれて最初に見た動く物が私だったからか、それとも私がいなくては食物にありつけないことを知っているのか。ともかく私に懐いてくれたのは好都合だった。
色々試したが、太郎は生肉しか食べない。大学が休みであったのが幸いした。
「彼」に経緯を報告し、餌となる生肉を大量に地下室へと運び込んでもらう。
ともかく、私の研究の第一歩は踏み出された。この生物が完璧な肉体を持つことは間違いないのだが、完全なる生命体とは言えない。何故なら知能が発達していないからだ。最終目標である究極の生命体は、やはりヒトをベースとしなくてはならない。まず、遺伝情報の解析。同時に、ヒトを使うわけにはいかないであろうから、子宮の代わりとなる培養槽の製作にも入る。
◇◇◇◇
拓也の不安は的中した。
やはり小林は、忌むべきあの生物を作りだしただけでなく、ヒトを対象とした研究を行おうとしていたのだ。
ヒトを対象としたこのような研究は、人類としての
いったい、小林は何を目的にこの研究を行っていったのか。
それに「彼」とは一体誰なのか・・・・。
拓也はページをめくっていった。日付は今年のものへと移っていった。
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