第二章 破壊の使者 ― Destroyer ―
1.破壊者 【1】消えた怪物
【1】
次の日から小林は、姿を消した。
あの後拓也は、大学の駐車場に駐めてあった車の助手席に少女を座らせ、警察へと向かった。権藤刑事を呼びだし、警察に少女を預けた後、拓也は権藤と廃屋へと引き返した。
しかし、廃屋の中はもぬけの殻だった。
石の扉は開いた状態のままで、そこにケルベロスの死骸はなかった。
研究室らしき部屋の中も、未使用のビーカー等が残るばかりで、机の上に置かれてあったパソコンも、山積していた書類も、棚にあったファイルも、壁に貼られていたメモさえ全て無くなっていた。戻るまでの短い時間に、それだけの荷物を持ち運び去ってしまうなど、小林一人の力で出来るはずがない。拓也は、先ほど起こった事柄の全てが、夢の中の出来事のように思えていた。
「何があったんです?」
整然とした地下室を見つめる拓也に問いかける権藤の言葉に、何も答える事が出来なかった。
それでも権藤は、この荒れ果てた廃屋の地下に研究室が存在することに疑問を感じたのか、鑑識を呼び、捜査を始めた。
昨夜から続く調査は、夜が明けた今も行われており、警察の人間が廃屋の周りを
警察は昨夜から小林の行方を捜査しており、この時間になっても大学に現れない事を考えれば、小林が姿をくらませたことは明かであった。
保護していた少女も、話しが出来るまでに回復し、昨夜のことを警察に話していた。
少女の話によると、小林にクラブで声をかけられ、ドラッグを試してみないかと誘われたそうだ。金は要らないという条件と好奇心から、彼女は小林の誘いに応じた。渡された錠剤を飲み込んだ後から彼女の意識は混濁し、何も覚えていないらしい。
拓也は
「妻夫木先生」
背後から、拓也を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、伊吹准教授が近づいてきていた。
伊吹は拓也の横に並ぶと、廃屋の方を見つめた。
「──―何かあったんですか?」
拓也は廃屋の方へ視線を移し、小林がこの廃屋の地下で何かの研究を行っていたらしいことを話した。
「何の研究を?」
「さあ・・・・・・」
拓也はあえてケルベロスのことには触れなかった。
「・・・でも、私も小林さんには疑問を抱いてたんです・・・・・・」
「疑問?」
「ええ・・・・・・」
少しの間をおいて、伊吹は言葉を続けた。
「不思議に思いませんでしたか? 先生。何時見ても小林さんの車が駐車場にあることに・・・・・・。早朝に来たときでさえ、彼の車は既に駐まっている。しかし、学内で小林さんの姿をそれほど見かけない・・・・・・」
そう言われれば、小林の車はいつも駐車場に在った気がする。そのことに早く気がついていれば、小林がこの大学の何処かに、人知れず隠れる場所を持っている事に気がついたはずだ。
「でも・・・・・・」
言葉を続ける伊吹の横顔を、拓也は見つめた。
「研究資金はどうしていたのかしら? ・・・・・・大学から出る研究費は小野寺教授が管理しているでしょうから・・・・・・」
拓也は、伊吹のその何気ない言葉に衝撃に撃たれたように、廃屋の方へ振り返った。
そうなのだ。元々ある施設を使っているとはいえ、備品からあのような檻までを作るのには資金が必要だ。必要な薬品や機材も揃えなくてはならないのはもちろん、あの場所を秘密にするためには、電気や水道の費用も大学にばれないようにしなくてはならない。発電機を備え付け、水などは運び込まなくてはならない。それ以上の電力が必要なら、専用配電工事が必要だ。個人で出来る
小林の背後に、複数の協力者、もしくは資金を提供する者がいる・・・・・・。協力者がいれば、数時間で機材や資料を運び出せた事も合点がいく。
自分の気付いた事実に、拓也は驚愕を覚えていた。
そうなると、あそこで行われていたことは、小林個人の目的では無いことになる。廃屋での研究は小林一人で行われていたとしても、その成果は協力者、もしくは資金提供者に伝えられているはずだ。その背後にいる者は、小林のあの忌まわしき研究を黙認するどころか、それを支援していた事になる。
資金力を持った者が、あのような忌まわしい生物を生み出すことを「目的」としている。
小林個人の知的好奇心を満たすために行われていた研究ではないのだ。あのような研究を行うことに、何の目的があるというのか。そして、それを支援していた「者」とは、一体誰なのか・・・・・・。
その時、拓也の方へ近づいてくる人影に気付いた。
「先生」
権藤が、拓也の方に駆け寄ってきた。
「小林の日記が見つかったんですが・・・・・・私らには内容がよく解らないんですわ。見てもらえないですか?」
拓也は承諾し、権藤の後について歩いていった。
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