4.―birth―【5】檻は開かれた
まず、茶色い物が見えた。
それは、人間の毛髪のようであった。
更に降ろす。
額が現れ、眉・・・・そして布が盛り上がった所から鼻が現れる。
顎の下までジッパーを降ろすと、明かりの下に現れたのは、少女の顔であった。
蝋のような白い肌。
唇が、青い。
(死体・・・・・・?)
拓也は愕然とした。
現れたモノの意外さもさることながら、小林はこの少女をどうするつもりなのか。
拓也は少女の顔を見つめた。犯罪的な行為であることは間違いないであろう。
(小林は、殺人を犯したのか・・・・・・?)
そんな考えが拓也の脳裏を走った瞬間、少女の眉が動いた。
拓也は少女の鼻の先に手をかざした。鼻から、息が漏れている。
(生きている!)
拓也はジッパーを足元まで引き下げ、少女の頬を叩いた。
「・・・・・おい! 起きろ! おい!・・・・・・」
反応がない。拓也は少女の胸に耳を押し当てた。
鼓動はある。が、異常に遅い。唇の青さは、血圧が下がっていることに
「起きろ! おい! キミ!」
頬を数回叩くと、少女は眉間にしわを寄せ、薄目を開いた。
「・・・・・ん・・・・・」
少女が、吐息のような呻きを漏らした。
「おい!」
拓也は少女の両肩を掴み、揺さぶった。
「・・・・・・んん・・・・も・・う・・・・・いいよ・・・・・・・」
意味不明な言葉を発する。
「しっかりしろ、何をされたんだ!」
少女が視点の定まらない眼を拓也に向け、うつろに見つめている。
「・・・・・誰? ・・・・・おじさん・・・・・」
唇の端を
拓也は、少女の右腕を見た。肘の内側が、青黒く内出血したような色に染まり、数個の注射痕が見られる。
「立て!」
逃がさなくては。
小林が戻ってくる前に、少女を安全な場所に連れていくことが先決だ。
拓也は、少女の足を袋から出し、腕を取る。肩に少女の腕を抱え立たせようとするが、少女の膝はすぐに砕けた。もつれる少女の足を宙に浮かすような格好で、拓也は少女を扉の方向へ連れていった。開いたままの扉を通りすぎ、コントロールルームを進む。
「・・・・もう・・・・いらない・・・・・って・・・・・」
少女は独り言を言いながら、拓也に運ばれていく。拓也が研究室の方へ入った瞬間。
部屋の明かりが、突然灯った。
驚いた拓也は、研究室の入口に、人影を捕らえた。
「つ・・・・・まぶきぃ・・・・・・」
血走った目を拓也に向け、猟銃を脇に抱えた小林が、そこに立っていた。
少女を抱きかかえた拓也は、小林と
―──危ない。
拓也は本能的にそう感じた。
小林は、冷静さを失っている。何時、指先が引き金を引くとも限らなかった。
「何をしているんだ・・・・・お前。僕の部屋で何を、してる・・・・」
泣きそうな表情で小林が、噛みしばった口から、言葉を絞り出す。
「お前こそ何をしてるんだ! この子をどうするつもりなんだ!」
「
小林は、猟銃を肩口に構えた。
「それを返せ! ・・・・そうじゃないと、大変な事に・・・大変な事になるんだ!」
それ、とはこの少女を指すらしい。
「お前、何も知らないくせに・・・・何も・・・・・・」
小林に説得は通じないようだった。
拓也は、じりっと移動した。
「動くな!」
小林の
長い、対峙が続いた。拓也は、視線だけを動かし、その瞬間を待った。
何を待っているのかは拓也にも判らない。一言で言えば、チャンスだ。
拓也は、小林の目を凝視していた。
小林の額から流れ落ちる汗が、眉間を伝う。
その汗が、小林の右目に落ちた。一瞬、小林の瞼が閉じる。
拓也の手はその瞬間、素早く動いていた。
机の上に置かれていたフラスコを左手で掴み、小林の顔めがけ
小林が瞼を開いた瞬間見た物は、透明な飛来物だった。
「うわ!」
小林の声と銃声が同時に響いた。天井から、コンクリートの破片が砕け落ちる。
と、同時に、小林の全身を青白い炎が包んだ。
「ひやぁぁぁぁぁ!!!!」
小林は悲鳴と共に、後ろへと仰け反り、廊下を転げ回った。青白い炎が赤く変わる。
拓也が放ったフラスコの中身の液体は、高濃度のアルコールだった。
銃で下からフラスコを叩き割った小林は、その液体を全身に浴び、同時に思わず引いてしまった銃の火花が、アルコールを発火させてしまったようだった。
小林は顔を両手で覆い、悲鳴を上げながら廊下を転げ回っている。
その脇を、拓也は少女を抱え、すり抜けた。床に転がった銃を拾い、炎の明かりに照らされた廊下を進んでいく。しかし、少女とはいえ、自分で歩く意志のない人間を抱えて進むのは、困難を極めた。少女を引きずるようにして行う前進は、歩くより遅かった。
「ちくしょう!」
火を消した小林は、廊下を行く拓也の後を追わず、コントロールルームに駆け込んだ。
「
ダンッ!
そう言って、小林はコントロールパネル上の赤いボタンを、拳で叩いた。
この地下の一角で、鉄格子の
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