4.―birth―【4】冥界への入口

 引き起こしていく途中から、扉の重心が蝶番ちょうばん部に移動し、軽くなった。

 片手で扉を支えたまま、拓也はゆっくりと腰を落とし、中をのぞき込む。

 まず土埃を被った、コンクリートの階段が目に入った。視線を落としていくと、その階段はずっと下方へと伸びている。階段の両脇も、コンクリート製の壁だ。

 拓也は腰を落とし、片方の膝を地面に付けた状態で、更に奥を覗き込んだ。階段の突き当たりも、コンクリート製の壁に見える。

 入口から見た限り、この空間は密室になっているとしか思えなかった。

(小林は何処へ消えた・・・・・?)

 拓也は中に入ってみることにした。念のため、横に置いてあった金属の棒を右手に持ち、地下へと歩を進めていく。何時でも引き返せるよう、扉は開けたままにする。

 拓也は一段づつ、慎重に降りて行った。

 頭が穴の中まで隠れてしまうと、コンクリートの天井が見えた。天井の右隅に、蜘蛛の巣の張った蛍光灯が、一つだけ備わっている。蛍光灯の脇を過ぎていくと、自分の影が、拓也を追い越していった。

 視線は、突き当たりの壁を見つめている。歩を進めると、その壁に自分の影が移動してきた。

 拓也の足が、最後の段を離れ、平坦な場所へ降り立つ。

 壁の前は、幅3m程の床となっていた。壁の前まで来てみても、そこに扉らしい物は見あたらない。両脇の壁にも、扉らしき物はない。

 拓也は振り返った。

 上方に、黒く四角い穴が空いている。自分が入ってきた、入口だ。

 階段の両脇の壁を見ても、途中に扉らしき物はない。天井も、滑らかなコンクリートだ。天井を見上げたまま、視線を自分の立つ位置の真上まで移動させ、そのまま身体からだを目の前の壁に正対せいたいさせる。天井と前の壁の境目にまで視線を移動させたとき、拓也の瞳が止まった。

 境目に、黒い筋が走っている。

 ひび割れなどではない。真っ直ぐな黒い線が、壁の端から端まで伸びている。

 視線を下方に移すと、横の壁との境目にも黒い筋が走っていた。

 拓也は足元の壁の境目を見た。

 そこには土埃つちぼこりが溜まり、境目を隠している。拓也は腰を落とし、その土埃を指先で払ってみた。やはりそこにも、黒い筋が走っている。

 その黒い筋は、影だった。

 つまり、この目の前の壁は、両脇、上下の壁と接合された物ではなく、単体のコンクリートの塊らしい。目の前のこの壁自体が、扉なのだ。

 拓也は両手を壁に押しつけ、右へと力を移動させた。いくら力を込めても、びくともしない。それは、左に押しても同じであった。

 何か、この扉を開ける、別の方法があるようだ。

 拓也は、手でこの扉を開けることを諦め、視線を四方に移動させた。

 この場所は、両脇の壁までの距離が、階段の場所よりわずかに広くなっている。つまり、壁が階段部より奥まっていることで、影となっているのだ。特に右側にある壁は、蛍光灯が取り付けられている側と同じ為、全面に明かりが届いていない。

 拓也は、右側の壁に近づき、手の平で探ってみた。すると、腰の辺りの壁に、僅かな段差が感じられた。段差に沿って手の平を動かしてみると、それは幅40㎝、高さ50~60㎝ぐらいの長方形だと分かった。

 拓也は、その長方形の内側を色々と押してみる。

 右端を押してみたとき、拓也の手が沈んだ。一瞬の躊躇ちゅうちょの後、ゆっくり力を加えていく。長方形の右側が壁に沈んでいくと同時に、左側が浮き上がった。

 中心に軸があり、その軸を中心に回転する構造のようだ。それは、3㎝程の厚さの、コンクリート製の板だった。壁に垂直に立った板を、今度は押してみる。難なく、その板は壁に吸い込まれていった。壁に、板で仕切られた、二つの四角い穴が現れた。

 腰を屈めてその穴の中を覗くと、左側の穴に、ウインチのハンドルが見えた。暗くてよく確認できないが、更にその奥には歯車が見える。

 拓也は穴に手を差し込み、ハンドルを回してみる。しかしハンドルの回転半径が穴の幅より大きく、回すことが出来ない。

 何度か左右に動かしてみると、手前に動く感触がした。そのまま引いてみる。

 中心のシャフトと共に、ハンドルは壁の外まで引き出された。

 拓也はハンドルを握り、右方向に回してみた。すると、カチカチッというような音と共に、シャフトが回転を始める。壁の奥で、何やら歯車同士が噛み合うような音がいくつも響いてきた。

 ゴッ・・・・・。

 レバーを3回転程させたところで、拓也の左側から、岩が動くような音がした。

 左の壁を見ながら、拓也はハンドルを回転させていった。回転と連動し、壁が上方向に移動している。

 拓也は回転を続けた。どういう構造なのか、目の前の壁がせり上がっていく。

 壁が、自分の身長程も開いたとき、拓也は回転を止めた。

 ゆっくりと、ハンドルから力を抜いていく。ハンドルはその位置から戻らず、止まっている。目の前の壁も、上に開いたままとどまっている。

 拓也は視線を、開いた扉の向こうへと移した。

 長方形の光が差し込み、自分の影が、その中央に伸びている。

 開いた壁は、厚さが20㎝程もあった。下を通り過ぎる時、突然壁が落下してきたら、自分は圧死してしまうだろう。

 拓也は、手に持っていた金属の棒を、歯車の間に通し、挟み込んだ。何かの弾みでハンドルが逆回転を起こさないためだ。

 拓也はハンドルと壁を交互に見ながら、その壁の下を通り過ぎていった。


 中へ入ると、右側に暗い廊下が続いていた。

 拓也は、入口左の壁に手を伸ばしてみる。壁を探ると、同じような長方形のくぼみが確認できた。

 壁から手を離し、振り返って改めて廊下を見つめる。

 廊下は、これまでと同じくむき出しのコンクリートで、その先は暗く、何も見えない。

 拓也は、一度階段の明かりを名残惜なごりおしそうに見つめ、意を決して暗闇の廊下へと足を踏み入れていった。

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