4.―birth―【4】森に現れた男

 ザッ・・・・・ザッ・・・・・

 足音のリズムは不規則だった。時折ときおり、体勢を崩したような、ザザッと言う音も混ざる。

 しかもその後は、体勢を立て直すのに時間がかかるのか、しばらく静けさが覆う。

 そのうち、その人物の荒い息が響いてきた。歩きづらい夜中の、道のない場所を歩いている困難さは分かるが、息を乱すほどの事があるのだろうか?

 光の円錐えんすい型が、徐々に小さくなり、光の密度を増していく。光源が、反対側の角に近づいているあかしだ。見つめるその角に、懐中電灯を持つ手が現れた。

 その人物が歩を進める度、人影が角から姿を現す。そして、ついに全身を現した。

 しかし逆光ぎゃっこうとなり、その人物はシルエットとしか認識できない。しかもその人物は、肩に大きな毛布のような物を担いでいた。横顔のシルエットも、半分以上その荷物に隠れ、確認することが出来ない。

 その人物の手が持つ光源が、森の中を回り、拓也が居る方向へと向けられる。

 拓也は、慌てて角から姿を隠した。直後に、光の束が、拓也の横をすり抜けていく。

(気付かれたか・・・・・・?)

 光が、拓也の横で、左右上下に揺れている。拓也は、気配を押し殺した。

 暫くして―──。

 光の動きが止まり、密度が濃くなる。遅れて、足音が再開した。

 拓也が居る方向へと、その人物が近づいてきている。その人物が発している荒い息を、今でははっきりと拓也は捕らえていた。

(どうする・・・・?)

 見つかる前に逃げ出すか。

 但し動けば、自分の存在を、相手に知らせてしまうことになる。拓也は前方の森に視界を向け、思案しあんしていた。拓也自身も気付かぬ内に、呼吸が速くなっていた。

 突然拓也の視界を、暗闇が襲った。

 拓也の前方を照らしていた懐中電灯の明かりが、突然消えたのだ。明かりは、今では拓也の足元の角から、ごく薄く漏れてきている。懐中電灯を、下に降ろしたらしい。気が付けば、足音も止んでいる。

 ドサッ・・・・・・・・

 静寂せいじゃくが包んだこの森に、何かを地面に降ろす音が響いた。

 続いてかすかな金属音。

 拓也は、角から顔を覗かせ、廃屋の裏側を覗いてみることにした。

 右目だけを角からのぞかせる。

 廃屋から少し離れた場所に人が地面にうずくまり、棒のような物を地面に突き刺そうとしている。懐中電灯は、その人物の向こう側に置かれているため、まだ顔は確認できない。

 脇には、先ほどまで担いでいた、毛布らしき物が横たわっている。仕草しぐさと体型から、男だということは確認できた。

 その男は、暫く地面を掘り起こすような動作をしていたが、何かを左手で掴むと、棒を置いた。両手で、掴んだ何かを引き上げる。地面に光の亀裂が走り、穴が穿うがたれた。

 男が引き上げたのは、地面につけられた扉らしい。

 同時に、中を覗き込む男の顔を光が照らし出し、その人物を確認することが出来た。

 ―─小林―─。

 照らし出されたその顔は、小林だった。

 小林は立ち上がり、ドアを棒で支え、横の荷物に目を向けた。

 その荷物を、抱えようとする。歯を食いしばる小林の顔に、血管が浮き出る。毛布に見えたそれは、かなりの重さらしい。

 2、3度失敗しながら、ようやく右肩に荷物を担ぎ上げた小林は、穴の前に立った。担いでいる物体は、布で包まれていた。

 小林は、穴に向かって足を踏み出した。

 飛び降りるつもりか、と感じた瞬間、落下はすぐに止まった。

 続いて左足。小林が足を踏み出す度、小林の身体は前進し、身体が地面に吸い込まれていく。その穴の先は、階段になっているようだ。

 胸の付近まで小林の身体が隠れたとき、小林はドアの内側に付いた取手を引き、扉を閉じた。地面の光線が細まり、やがて暗闇が戻って来た。

 長い時間、拓也はその暗闇を見つめていた。

 暫くして、廃屋の角から身体を現し、拓也は大きく深呼吸した。今見た光景が、まだ、拓也の思考の中で整理できていなかった。

 何だ?  

 何をしていたんだ小林は・・・・?

 この廃屋の中に入る手段があるなど、思いもよらなかった。

 拓也は、胸ポケットからライターを取り出し、火をともした。暗い森が、小さな炎によって、赤黒く染まる。

 拓也は、先ほど小林が立っていた場所に向かって歩き出した。揺れる炎によって、森の木々が妖しく蠢いているように見える。

 そこは、この廃屋裏手の、ほぼ中間だった。廃屋からは離れているため、誰も踏み入れない場所だ。腰を屈め、手に持った明かりを地面に近づける。

 地面に正方形の細い溝が、微かに確認できる。一辺が1.5mくらいだろうか。扉にはカモフラージュの草が植え付けてあり、土で溝を隠してしまえばここに扉が存在する事など、気付く者はいないだろう。

 拓也は、炎をより地面に近づけ、溝に沿って動かした。その溝の内側、拓也の足元付近に、金属の丸い短い棒が埋まっているのを見つけた。この扉の把手らしい。指でつまみ上げようとするが、摘むことが出来ない。棒の埋まっている箇所に隙間が無いのだ。いや正確には、棒と垂直方向に浅い溝が二本あるのだが、その幅では指が入らず、つまみ上げる事が出来ない。

 拓也は炎を右に移動させた。

 膝をついた場所の横の地面に、金属の棒が転がっていた。その先が、二股の鍵爪の形に曲がっている。それを拾い上げ、把手とって部の溝にはめ込むと、形状が合致した。梃子てこのように動かすと、扉の把手が浮き上がってきた。

 ライターを胸ポケットの戻し、暗闇の中でその把手を、かんを頼りに探り当てる。

 左手で把手を掴み、金属の棒を静かに脇へと置く。取手を両手で掴み、ゆっくりと上方へ力を加えていく。思っていたよりも重い。

 拓也は中腰になって、把手を引き上げていった。

 ある程度力を加えたところで、その扉は抵抗を止めた。扉の枠同士と、枠と土の粒子が摩擦する音が響いてきた。拓也は慎重に、扉を引き上げていく。自分の足元の溝から、明かりが漏れ始めた。

 中の気配に全神経を集中させる。明かりの他は音も気配も漂ってこない。そのままゆっくりと、拓也は扉を引き起こしていった。

 ・・・・イィィィィ・・・・・・・

 木と木が摩擦し、軋む嫌な音が、森に響いた。

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