4.誕生 ―birth―【1】小野寺教授

4.誕生 ―birth―

【1】

 今日最後の講義を終え、自室に帰る途中拓哉は、廊下で小野寺教授と鉢合わせとなった。同じ研究棟へ帰る二人は、暫くお互いの研究成果についての情報を交換しあった。

 話の途中、拓也はあることを思い出し、教授に尋ねてみることにした。

「教授。教授の研究室に、小林という助手の方がいらっしゃいましたよね」

「ああ、小林君がどうした」

「彼はどんな研究をされているんですか?」

「彼か・・・・・・」

 教授はそこで、大きくため息をついた。

「・・・・・・ここ数年で彼は、まるで変わってしまった・・・・・・。大人しい性格は元々なのだが、努力家で、昔は忙しい助手の仕事の合間をぬって、多岐に渡りすばらしい研究成果を論文発表していたんだ。知っていたかね。彼はこの大学に在学中首席だったんだ」

「いえ、初耳です・・・・・・」

 拓也は本当に驚いた。今の姿からは想像できない。

「あんなに優秀だった彼が、何故あんな風に変わってしまったのか・・・・・・。今思えば、5年前のあの出来事がきっかけだったのだろう・・・・・・」

 教授は、遠くを見つめながら話し続けた。

「彼の書いた論文が、激しく攻撃されたんだ。若くして才能のある者には付き物の事なんだが。・・・・・・天才であるがゆえに挫折に弱かったのか、それとも優しい性格が繊細過ぎたのか・・・・・・。それ以来ひどいスランプに落ち込んでしまってね・・・・・・。―─それでも、しばらく研究は続けていたんだ、彼は。だが、ここ数年は研究をしている姿も見なくなったばかりか、顔色も冴えずぼんやりして、居眠りしていることさえある。・・・・・・私は、彼の才能がこのまま朽ちていくのが惜しいのだよ・・・・・・」

 そこで教授は、言葉を切った。白髪の初老の顔が、寂しげに見えた。

「しかし教授―──」

 話題を変えようと、拓也は切り出した。

「裏の廃屋ですが、何故大学は残しているんでしょうね」

「・・・・・・さあ・・・・のぉ・・・・・・」

「おかげで学生達の格好の怪談話のネタですよ。今日も研究生達が、あの廃屋に肝試しに行こう、なんて話してまして・・・・・・」

「いかん!!」

 突如、教授は大声を発した。

「あの建物には近づいてはならん!」

 歩を止め拓也の方へ振り向き、紅潮こうちょうし、強張った顔を拓也に向ける。

 その迫力に、拓也も立ち止まって言葉を飲んだ。

「学生達にも言っておきなさい」

 そう言うと、小野寺教授は一人で歩き出し、研究棟の中へと消えた。

 拓也はただ、その後ろ姿を眺めていた。

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