3.出現 【6】ー 継承 ー

 「存在する」ことに対する疑問。

 その疑問は、哲学や宗教。そして科学という分野の学問を生んできた。

 自分やこの世界が何で出来ているのか疑問に思い、そして解明してきた。

 物質は何で出来ているのか。科学はいくつもの元素げんそを発見した。

 病気は何故起こるのか。医学はウイルスを発見し、ワクチンを発明した。

 それぞれの発見や解明は小川を構成する水分子となり、自分の存在意義という疑問への答えを目指す原動力―──流れとなったのである。

 しかし、永い時間の中で考えると、人の一生など一瞬のことである。

 宇宙開闢かいびゃくからの時間尺度で見れば、人の一生など火花が散る時間よりも短い。死を迎えれば、川に成長することなく、その小川はぷっつりと途切れてしまう。

 しかし、その一人の一生に関係なく、川の流れは存在する。

 小川が人の一生に関係なく流れ続けていくには、その水、つまり人生で得た経験や知識を「他者」に伝えていくことで維持されるのである。人が編み出した“伝承でんしょう”と言う方法は、小川の流れの継続を可能とした。

 人は、自分の人生経験や知識を、自分の子供に話して聞かせる。

 子供は親のする事を見て、生き方や知識を学ぶ。

 子孫へ受け継がれ、小川の流れは継続していく。

 まるで遺伝子を子孫へと伝えていくように。


 だが、他者へ伝えるという意味では、伝える相手は子孫に限られることではない。

 “知識”という点に関しては、親からよりも他者が発見した事柄を情報として取り込むケースの方が多いだろう。

 他者が存在するということ。

 人は一人では生きていけない。

 生きていくためには安定した食料供給が必要で、「食料を得る」という行為を一人で行うとすれば、一日中食べ物を探して人生を終わらせることになる。しかも、病気で寝込んだときには食べ物を探しに行けない。栄養をらなくては回復しないのにである。

 そのため人間は、他者と共存きょうぞんするという方法を覚えた。

 共存するために道徳や社会ルールを生み、共存することで、役割の分担が出来るようになった。分担することで人は、それを専門に生業なりわいとする事が可能となったのだ。

 農業を行う者が専門に作物を育て、また別の者はより作物が育つ為の自然の仕組みについて研究を行う。食物となる物を探し出し、分類する者もいる。道具を作り出す者もいれば、その素材となる物質が何から出来ているのか研究する者がいる。

 そして、それら人々の命を助ける事を専門に行う者がいる。

 こうして人は、その分野を専門に追求することが可能となったのと同時に、また同時進行で多くの分野を開拓することが可能となった。物理学、化学、医学等の様々な分野の発見が、同時に出来るようになったのだ。


 ある人物が新発見をし、それを発表する。発表という手段により、伝承が行われ、同時に他者に小川の成分を与えたのである。するとそれは、その発見を行った人物が死んだとしても残る流れとなる。

 こうして小川は水量を増しながら、流れ続けてゆく。

 同時に「他者」への「伝承」は、もはや一つの小川の流れの話しに留まらない。

 「他者」への伝承や情報交換とは、小川同士の融合ゆうごうを意味する。

 他者との共存。他人との接触。そして言語の発明。

 いわばコミュニケーションという手段を人類が覚えた時から、小川へ流入する水量情報量の増加率も増し、また、同じ情報を共有することは小川同士の融合となる。

 ある学問を行っている者たちは、同じ専門書を読み、学会に出席するなどして、同じ情報を共有する事になる。そこには個人の流れとは別に、その学問としての流れがある。

 一つの学問が確立されると言うことは、一つの川が出来上がったと考えるに等しい。一つの本流が出来上がると言うことは、小川は支流として流れ込めばいいこととなり、本流の成長速度も増しやすくなる。

 そして、情報を共有することによって、それが確かなモノとして第3者が確認したり議論することで、その中から本当に正しいものを見つけだすことにより、その川は大海真理への方向へと向かう。「川」は直線的に大海へと進んでいるわけではない。自然界と同じく蛇行だこうして進んでいる。


 「パラダイム」と呼ばれる言葉がある。

 その時代に生きる人々の一般常識とも呼べる物で、かつて天動説が地動説に取って代わったような事柄を、新たなパラダイムという言い方をする。

 昔は神話であった話が、今では科学的に証明されているケースはいくつもある。

 かつてギリシャ神話では、春が来るのは冬の間の3ヶ月間、冥界めいかいへと下っていく契約を交わしてしまった「春を呼ぶコレー」が、地上に戻ってくる為だと考えられていた。しかし現在では、四季は地球の公転と地軸の傾きによるものだ、ということは当たり前のように知られている。新しい発見や理論により方向は修正されつつ、川は蛇行しながらも大海を目指すのである。

 そして、現在は情報の伝達スピード・手段と共に国境を越えたコミュニケーションも可能となったため、川の成長速度も速くなっている。情報伝達メディアが増えたため、昔であれば流れ込んでこれなかった支流が、合流可能となった。

 また、情報の共有化が、異なる川の融合をも可能としている。

 別の学問同士の融合ゆうごうが、法則という言葉での融合を果たす例がいくつかある。

 天体の動きと原子中の電子の動きは全くそっくりである。かつてマクロとして派生した学問と、ミクロを探求していった違う学問で同じ公式が成り立つ。

 二つの川で重なる部分が出来たのである。

 また、人類が言葉を発明したことも、一つの大きな川を作ったと言ってもいいだろう。

 そして、言語が翻訳ほんやくされ、他国の言葉が理解できることも一つの融合である。

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