3.出現 【6】ー 真理 ー

【6】

 二人は拓也の車で、遅くまで開いている近くのレストランへ向かい、その店に入った。

 夕食どきのピークを終えた後なのか、郊外にあるこのレストランに人影はまばらだった。


 意外にも彼女は、専門分野の話しについては饒舌じょうぜつだった。

 そもそも拓也は、伊吹に聞きたいことがあって誘いに応じた。育志館大学へ来る前には何をしていたのかにも興味はあったが、先ず何より自分が解決したい疑問。

 昨日、研究棟で不審な人物は見かけなかったか。

 その疑問を問いかけるきっかけを失ったまま、二人は夕食を終えた後も生命の仕組みについて、お互いの意見を話し続けていた。

 実のところ拓也も議論が好きであった。

 議論というのはお互いの意見をぶつけ合うことで自分の考えを再構築できるという利点の他に、その人物を理解する事も出来、かつ、ぶつけ合うという行為は互いの心の垣根を壊していく効果がある。そのような警戒心が無くなったオープンな思考状態は、時に荒唐無稽こうとうむけいな議論が新たな発想を生むことがあるのだ。今日初めて会話を交わすに等しい伊吹准教授に対しても、拓也は気兼きがねなく言葉を発するまでになっていた。

 それは彼女も同じようであった。拓也に対し、対等の口調で話す。外見は地味だが、元々男勝りな性格なのかもしれない。

 しかしその態度に嫌みな感じは受けなかった。かえって日頃寡黙かもくで近寄りがたい雰囲気を漂わせている為、親近感さえ覚えた。

 伊吹准教授の話しは何時いつしか専門分野の遺伝子の話しから、哲学的な話題へと移っていた。話題が移ってからは彼女だけが言葉を発し、拓也が聞き役となっていた。

 聞き役となってからの拓也は、彼女の落ち着いた口調で流れるように発せられる柔らかく澄んだ声と面白い発想に、心地よく耳を傾けていた。

 伊吹准教授の話しの内容を要約すると、こんな感じのものだった。


 人を水の流れとして考えてみる。

 人は生きていく中でいろんな経験をする。

 その中で人は、生きる術や知識、そして発見を会得する。

 それは、初めに湧き出た誕生が、流れと共に周りの水分情報を吸収して水量を増し、小川へと成長していくさまに似ている。

 小川はやがて出会うことにより合わさり、水量を増す。

 次々と一つに重なる水流はやがて大河へと成長し、大海へ流れ込む。

 全ての情報と英知を集結し、得られる結論―──。

 その大海が「真理しんり」と呼ばれるものである。


 真理―──。

 それは、人が生きながら常に抱いている疑問。

“自分は何故存在しているのか?”

“宇宙やこの世界は、いったい何のために存在しているのか?”

 真理とはその全ての疑問に対する答えである。

 かつその答えは普遍。仏教でいうところの「三世さんぜ」、つまり過去・現在・未来いつでも成り立ち、「十方じっぽう」東西南北上下四惟、つまり日本であろうがアメリカであろうが、さらにそれが月であろうともどこでも成り立つ法則である。

「それじゃあ、人の英知が一つになった時初めて、人類が存在する意味が解ると言うこと?」

「そうね、全ての川が一本の大河となった時に、その大海が現れると言った方がいいかしら・・・・・・? それがどんなに困難なことかは分かるでしょ? 森羅万象しんらばんしょう全ての法則と存在理由を見つけなきゃならないなんて、途方も無い作業だわ。そして今現在、その川を作っているのは私たち人類・・・・・・。世界のあらゆるモノに疑問を持ち、解明しようなどと考える生物が人間だけであるということ・・・・・・。小川同士が重なるには情報伝達という手段が必要で、伝達に必要な『言語』を持つ程進化した生物が人間だということ・・・・・・。人類が万物の知識を得、その意味も解明して理解しない限り、大河は完成しないのよ」

 伊吹は話しを続けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る