3.出現 【4】TVの映像

【4】

 食事を終え、拓也は居間で新聞を読みながらくつろいでいた。遙花は食事の後片づけをしている。

 妻には、昨夜起こった事は何一つげていない。「研究室で寝てしまっていた」という拓也の説明を、疑いもなく受け入れているようだった。

 自宅でゆっくり身体を休めていると、昨夜の事が遠い昔の事のような、現実ではない夢の中の出来事のように感じられる。

 研究室の扉に映った影。暗闇にうずくまる熱気。そして背後から襲った衝撃。

 どれもが、はっきりと目にしたものではなかった。

 時間が経過するにつれ、どれもがかすみがかったようなものに感じられた。現実世界の「今」を体感し、いつもと変わらぬ日常が何事も無く過ぎていくのを感じているうちに、その霞は晴れるどころか、その霞の向こうにある「もの」自体が薄れつつあった。

 食事をしながら妻との他愛たわいの無い会話をしているうちに、それは更に、非現実のものと思えてきた。

 幸せな生活。それとは全くえんの無い出来事。

 今の生活を乱す事に比べたら、昨夜の出来事など、どうでもいい事に思えてきた。

 何気なくつけていたテレビは、今日あった事件を伝えている。

 拓也は読んでいた新聞から、視線をテレビの方へ向けた。

 画面には、ニュースキャスターが淡々と事件を伝える映像が映し出されている。画面が切り替わり、どこかの風景を映し出す。拓也はその風景に見覚えがあった。

 聞き慣れた地名が耳に飛び込んできたため、視線をテレビの方へ向けたのだった。

「今日昼頃、北沢小学校近くのぞう木林きばやしで、年齢10才前後の男児と見られる遺体が発見されました」

「やだ、あなたの大学の近くじゃない」

 後片づけを終え、お茶を運んできた遙花が言う。拓也もその画面が、自分のつとめる大学近くの映像というのはすぐに分かった。

 遙花は拓也の前にお茶を置いて自分もソファに座り、映像の方へ顔を向けた。

「遺体には無数の動物のものと思われる傷跡が残っていたことから、少年は野犬に襲われたものと警察は見ており、事件の目撃者の捜索そうさくと共に、付近の住民に警戒をお願いすることを・・・・・・」

「やだ、可哀想かわいそう・・・・・・」

「・・・・・・ああ・・・・・・」

 そう返事しながらも、拓也の脳裏には少年の死をいたむことではなく、アナウンサーが発したある言葉が木霊こだましていた。

 ―──野犬―──。

 その言葉がイメージを形作り、そのイメージが自分の覚えた感覚のへとスライドする。

 昨夜見た映像と、そのイメージとが、拓也の思考の中で繋がりを見せていた。そこから導き出される一つの事実―──。

 先程まで疑いしか持てずにいた自分の記憶が、再び脳裏のうりに浮かびあがってきていた。

 拓也は確信した。

 昨夜見たものは、現実のものだったのだと。

 そして、その確信はもう一つの確信を生み出していった。

 あれは、「犬」などではなかった。

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